②遠征
リチャード達がその【迷宮】の噂を聞き付けたのは、拠点を新たな場所に移してから一週間後の事だった。森から森を転々と移って猟をする狩人の一人が、南に下った先の渓谷沿いに見慣れない建築物を見つけて知らせてくれたからだった。
「あんたら、ああいうモンに興味有るだろ? 何だっけ……探索者っていったか」
近くで採れた山菜とウサギをニ羽、モルフに手渡して引き換えに矢じりを狩人が受け取る。工作機械で削り出すだけの誰でも出来る簡単な手間仕事だが、案外需要が有る上に欲しがる猟師も多いのだ。
(……はい、未探索の迷宮なら荒らされていませんから……ありがとうございます)
モルフが礼を言うと狩人は余り無茶はせんでな、と答えながら丸太造りの拠点を後にした。
(……規模は、余り大きくなさそうですが……まだ、手付かずらしいです……)
「うん、そりゃ有り難いね。競争が無い方が衝突も無いし、弾薬も節約出来るからな」
モルフの話を聞きながら、リチャードは大まかな地図で位置を確認する。徒歩で三日歩けば到達出来る距離だったが、無駄な時間はなるべく省きたいリチャードは車両を使う事に決めた。
リチャード達は【迷宮】を探索し、一台だけだが電動多目的車両を手に入れていた。化石燃料の無いこの世界では、発電機さえ有れば充電可能な電気自動車は理想的な移動手段だった。
「……ま、そうは言っても俺の居た世界じゃ、電気自動車は普及してなかったがね」
「排気ガスも出ませんし、音も静かですから環境負荷も低いですよ。その代わり、近くに来ても気付き難いんですが」
荷物を積み終えて助手席に収まったリチャードがそう言うと、運転席に乗り込んだアンがドアを閉めてからモーターを起動させる。ブウゥンッ、と低く唸るような音と共に多目的車両がゆっくりと走り始める。
「……馬の居ない馬車みたいだよな、いつ乗っても……」
(……馬車も乗った事無いでしょ……?)
「まあ、そーだけどさぁ……」
後部座席に座るミリオとモルフはそう言い交わしつつ、悪路走破性能の高いサスペンションのお陰で、滑るように走る多目的車両の乗り心地を堪能する。荒れた路面でも時速百キロ以上は出る上、四人と武器弾薬を含めた積載重量でも全く支障は無い。但し、自分達以外の者に見つかると何かと問題が起きかねないお陰で、一般的な道を堂々と走れないデメリットはある。
「何も無ければ、昼前には到着出来ると思います。仮眠なさっても差し支え有りませんよ?」
運転しながらアンがそう提案すると、リチャードは両目を瞑って帽子を深く被り、モルフとミリオの二人もそれに倣ってシートに身体を預けた。
「……なあ、アンさん」
静かに寝息を立てる後部座席の二人に気遣いつつ、リチャードがアンに声を掛ける。
「はい、何でしょう」
「……以前、元居た世界で強力な爆弾を使って【異界の門】を閉ざしたって言ってたよな……」
「……はい、原子力爆弾と呼ばれる兵器でした。それが如何なさいましたか」
リチャードの問いにアンが答えると、彼は小さな窓の外を流れる木々に眼を向けながら、ポツリと呟く。
「……そんな、強力な兵器がもし……この世界に有ったとしたら、国と国のバランスはどうなるんだろうな」
「……間違いなく、均衡が崩れます。デルベトポリのような野心的な国が手に入れたら、他国を侵略する切り札として活用するでしょうね」
アンはそう提言し、それを聞いたリチャードは表情を固くする。
「……俺が思うに、建物や中に収まった物資だけ手に入れるって手段が有ったら、それを思い付いた奴は最初からそのつもりで転移を行っているんじゃないか?」
「……リチャードさんの言う通りなら、そうかもしれませんね。しかし、私達の世界で原子力爆弾を使った際は、その前から【異界の門】は出現していました。それでは手段と目的が前後してしまいますし、原子力爆弾を手に入れようにも起爆した状態では、入手不可能だと思います」
「……確かにそうなんだが……それでも、もしかしたらと思うと……」
「……だからこそ、【迷宮】は封印するべきだと思います」
「……ああ、そうだな……」
アンの言葉を聞きながらリチャードは頷き、続きはまた今度なと言いながら再び眼を閉じた。
狩人の話通り、【迷宮】は確かにその場所にあった。突如現れたせいで流れる川を塞き止める形になり、渓谷の真ん中に中洲のような地形を出現させていた。
「……規模はまぁまぁだが、大したものは無さそうな気がするな……」
幾つかの【迷宮】を渡り歩いてきた経験から、リチャードが有る程度の見立てを下す。アンの話から推測すると、【迷宮】の中に武器や弾薬が残されているのは【迷宮】から現れた化け物に人々が対抗しようと持ち込んだ為らしく、その所有者達が無事逃げおおせた可能性は低いと思うしかない。そうした犠牲者の無念を晴らす意味を含め、リチャードは有効活用して報いればよいと考えている。
「モルフ、ミリオ……荷物を降ろしたら直ぐ入るぞ……」
軽い物を口に入れて空腹感を抑える為、各自好みの携帯食を食べながら武器のチェックを行う。ミリオはウエハース、モルフはチョコレートを齧りつつ銃に弾倉を装填し、チェンバーに一発分送り込んで安全装置を掛ける。これで発砲準備は完了である。
「それじゃ行くか……殿はミリオでな」
「りょーかいです!」
ゴーグルを降ろしフェイスマスクを装着したミリオが答え、いつでも出発出来ると親指を立てる。今回もミリオのメインウェポンは短銃身のサブマシンガンだが、やはり樽型の多連装ドラムマガジンは外せないようだ。
「じゃ、行くぞ。アンさんは真ん中でモルフのサポートを」
「はい、了解です」
(……では、行きましょう……)
モルフはロングバレルのボルトアクションライフルで、可変倍率スコープと消音器サイレンサーを付けている。ミリオ同様にフェイスマスクは付けているが、ゴーグルはスコープに干渉するので着けていない。アンは分隊支援火器の弾帯箱付きのH&K社のMG4、それをスリングで肩に掛けながら軽々扱う様は実に頼もしいが、彼女の腕力あっての話で本来は抱えて運用するような重量ではない。
「……それじゃあ、楽しいハイキングに出発しよう。ミリオ、落ちてる物を無闇に食うなよ?」
「んなもん食わないよ!」
リチャードの軽口にミリオが叫び、微笑ましい雰囲気になりながら四人は出発した。
その【迷宮】は低い建物が並び、道幅も狭く遮蔽物が多い為、進行速度は決して速くならなかった。扉の鍵は掛けられている事が多く、騒音を抑えたいリチャードは出来るだけ開いている扉を選んで中の様子を窺う。
「……ん? 先客は居ないって話だよな」
「どうかしましたか」
「いや、この場所……誰かに荒らされた後だ」
リチャードがショットガンの先で示したのは、既に開封された戦闘糧食の箱だった。何者かが開けて中身を持ち出したらしく、乱雑に破られた袋から紙ナプキンやスプーンが散乱し、辺りに白い雑物として散らばっていた。
「……部屋のタンスや引き出しも粗方開けられているが、見てみな……これは手付かずだ」
リチャードがしゃがみ込んで手に取ったのは、護身用らしき短銃身のハンドガンである。弾倉は抜かれて空なのだが、箱出しのままグリスも付いた状態で程度は悪くない。とりあえずリチャードはハンドガンをバックパックに仕舞い、他にめぼしい物は無いかと室内を眺める。
「……先を越されたのは癪だが、利害が一致してないのなら気にする事もないか?」
「そうですね、でも……それなら探索者以外で誰が先入りしたんでしょう」
そう言い交わしながらリチャードとアンが足元に転がる痕跡を調べていると、外で見張りをしていたミリオから無線で報せが入る。
【 ……リチャードさん、離れた所で誰かが火を使ってるみたいです……煙が見えます! 】
「……ミリオ、モルフを支援して狙撃ポイントを探してくれ。二人で確保したらこちらも動いて接触してみるぞ……」
【 ……了解! 】
ミリオとの交信を終えたリチャードは外に出て上空を見ると、確かに薄く白い煙が昇っている。場所は自分達の居る区画から2ブロック分離れた家屋の連なる地点で、相手が待ち伏せしていれば対抗する手段が取り難い場所だろう。
「……アンさんはどう思う?」
「わざわざ居場所を教えるような相手です、深い考えは無いか自分達に自信があるかの二通りでしょう」
「……だよなぁ、前者だったら楽なんだが……」
リチャードは接敵の可能性を視野に入れながらショットガンの銃弾を抜いて近接用散弾に換え、ガシャッと音を立てながら装填した。




