⑮鋼鉄の雨
今しがたリチャードがショットガンを乱射した大通りでは、生き残った兵士の一人が負傷した者を庇いながら少しづつ撤退していた。
「……足がぁ、俺の足が……」
「下がれば治療出来る! 気を抜くなよ……」
苦痛に喘ぎながら苦しむ男に肩を貸し、足を引きずる相手を気遣いつつ、足元に転がる死体を避けながら進む。戦場に於いて、一人の負傷者は一人の健康な兵士の自由を奪い、後退し切るまでは攻守もままならなくなる。無論、戦場では良くある光景だが、一刻も早く戻らなければ手を貸している彼も、敵前逃亡したと疑われるかもしれないのだ。
その場に居た凡そ百人の兵士達は、リチャードの奇襲とミリオの銃撃で七割が死傷していた。彼等が全滅しなかったのは、二人の使用した銃弾が鎧を貫通し難い性質の物で、手足を撃ち抜かれて致命傷にならなかったからである。無論、意図してそれが使われたのだが、撃たれた方は生死に関わらず苦しい事に変わりは無い。
後退する最中、焦りと疲労で仲間の身体が更に重く感じ、彼の足が止まりかけたその時、リチャードを追って路地へ向かっていた筈の兵士の一人が、死に物狂いで彼の脇をすり抜けて行く。
「おいっ! 手が空いてるなら手伝え!!」
つい声を荒げて怒鳴ってしまうが、相手は振り向きもせず更に速度を上げて走り続けていたが、突如上半身が霞に包まれたように見えなくなり、遅れて巨大な蜂が羽ばたくような耳障りな音が大通りに木霊する。
「……あぁ? な、何だってんだ……っ?」
訳が判らないまま、仲間の腕を担ぎ直そうと力を込めると急に軽く感じ、何があったのかと首を横に向けて様子を見てみると、怪我人の身体は腕と下半身を残して綺麗に消え失せていた。
「は、あ、あぁ……う、嘘だろ!?」
残された腕を手離しながら呻き、まさかと思いながら逃げて行った先に居る筈の兵士を見ると、靴と兜だけ残して身体の大半が無くなっていた。無論、兜の中には血走った目をカッと見開いた頭部だけが残されている。
「……はぁ? そ、そんな……っ!?」
次々と現れる悪夢のような光景に唖然としていると、今しがた兵士が逃げて来た背後の路地から、涼やかでありながら無感情に徹した声が聞こえてくる。
「……はい、抵抗は皆無です。やはり集団の大半は、通常の鎧を身に付けた一般兵のみです。脅威に値するのは、例の鎧を着た騎士だけですね」
その声の主は長く伸びた銃身を軽々と操りながら足を止め、周囲を見回してから、じっと彼の方を見る。
「……撤退中の兵士が、一人居ます。はい、判りました……放置して、噴水広場に残った兵士を誘導します」
その声の主は、顔を覆う面当て越しに彼を観察し、戦意の無い様子を確認してから一歩出した足を踏み止め、
「……あなた、幸運でしたね。そのまま、お逃げなさい。リチャードさんの気が、変わらぬうちに……」
そう伝えると生き残った兵士を残し、大通りを抜けてその先に広がる噴水広場に向かって行った。
「……は、は……何なんだよ、あれは……」
まるで死神の鎌で首を撫でられたような虚脱感に身体を震わせつつ、只一人取り残された男は、暫くその場から動けなかった。
「……誘き寄せられた、だと?」
「はっ、兵の多くが敵を追って【迷宮】を走る内に、ここへ辿り着いたようです」
【忍耐の甲冑】に身を包んだ男は報告を受け、ベリテと結託しているヒラリエの残党兵の姑息さに苛立ち、伝令役の兵士を殴り飛ばそうと拳を振り上げたが、ギリッと歯を鳴らしながら取り止める。
(……くそっ、忌々しい連中のせいで俺まで低く見られるぞ……)
前任者のベリテと違い、空席が回って来たお陰で討伐隊千人長に至った男は、ここに来るまで部下の兵士を苛立ち紛れに四人も半死半生にし、周囲から厄介者として避けられる程だった。だが、それでも【忍耐の甲冑】を与えられるだけの理由がある。
「まあ、良い……打ち倒せば全て終わるからな!」
ベリテと違い、人望や戦績に乏しいこの男が指揮官に選ばれたのは、
「……おっ、おおおぉ……ぅおおおおッ!!」
雄叫びと共に兜を脱ぎ捨てながら全身に力を漲らせ、両手に一本づつ片手剣を構え仁王立ちする。
「……コ……ロス……サカラウ……ヤツ……ミナゴロシ……!!」
そう、戦歴の長いベリテですら避けていた【忍耐の甲冑】との同調を、この騎士は当然のように成していたからだ。本来魔力に乏しい男が【忍耐の甲冑】と同調を行えば、短時間で魔力が枯渇し忽ち精神を蝕まれる。無論、この騎士も魔力の総量は高くないのだが、極稀に魔導具との親和性が高い故に精神を狂わせられない者が居る。この男こそ、そうした希少な人種で偶然発露した特質を買われ、デルベトポリ派兵軍の新たな旗手として【忍耐の甲冑】を与えられたのだ。
「……あー、成る程ね。ベリテって騎士の言う通りだな」
噴水広場に誘導したデルベトポリ軍の兵士達が集まる中、眼下の中心部から獣じみた叫びが上がり、周囲の兵士達が蜘蛛の子を散らすように遠ざかっていく。
滞在中、ベリテは【忍耐の甲冑】について以前聞いていた事をリチャードに告げ、その表裏一体の特性から、別名で『野獣の毛皮』と呼ばれる理由も話していた。兜を脱げば使用者の潜在能力以上の力を与えるが、その効果と引き換えに理性の枷が外れたまま、敵味方を問わず殺戮し尽くす、と。しかし、デルベトポリには、特異な体質で影響を受けない騎士も僅かに居る。その数は少ないが今回の相手はその一人だろう。
「まあ、あいつが倒したいのは数人だろうから、残りの兵隊は撤退すりゃいいのに……」
【……リチャードさん、モルフです……】
「おー、どうした?」
【……アンさんと、ミリオさんが合流出来たのですが……私の居る廃墟の下に、兵士が近付いて来てます……】
モルフはそう言うと眼下に視線を向け、十人程の兵士が彼女が狙撃場所として潜伏している廃墟に近付く様子を伝える。狙撃に夢中になり、窓から銃口を突き出し過ぎて、発砲炎を見られたのかもしれない。
「……逃げ道は?」
【……はい、退路は確保してあります……慎重に引き付けて、そちらに合流します……】
「無理はするなよ? 身の安全を第一にな」
【……はい、了解です……】
リチャードにそう告げるとモルフは通信を切り、部屋を出て廃墟のビルの階段に向かう。出来るだけ多くの敵の足止めし、脱出を有利にする為に。




