⑬再侵攻
人が歩けば音が鳴り、足跡が残る。それが十人なら互いの会話が周りに伝わり、周囲の生き物はその場から立ち去って行く。人数が増えれば周辺に与える威圧度は増していき、無言の圧力として効果を生み出す。多数の人間を派遣するという事は助けを求める相手が居れば、大きな安心感を与えるが、対して外圧として利用する意図がある場合は、その効果は人数に比例するのだ。
ざっと見積もっても、千人は居るだろうか。その行軍は進むだけでも長い馬車の隊列を形成し、先頭から最後尾が村を出るまで住人は怯え、屋内から一歩も外に出られなかった程である。
ジルデアンタの村をデルベトポリの派兵が通過したのは、昼下がりの陽光が温かな春だった。百人の兵士を率いて上級騎士のベリテが【迷宮】に入り、その後僅かな兵士のみが敗走して戻ってから、デルベトポリは時間を掛けて準備を進めていた。
デルベトポリは国の威信を賭けて【迷宮】に巣食う化け物とヒラリエの残党を滅し、その魔窟に正義の制裁を下す為に千人の兵士を束ね、春を待って派兵を送り込んだ。
「……あー、こりゃまた大層なもんだな……でも、あんた達はまた派手にやらかすんだろ?」
「さあ、それは判んないよ……リチャードさんが戦うか逃げるか、それ次第だからね」
村の交易所のマーシュは、建物の中から行軍するデルベトポリの兵士を眺めながら傍らのミリオに尋ねるが、彼は然して気にする様子も無く、物資と交換した生鮮野菜をバックパックに詰め込む。デルベトポリによって【迷宮】探索は差し止められ、それまでの盛況が嘘のように静まり返った交易所だが、マーシュの元にはこうして密かに【迷宮】から物資が持ち込まれ、リチャード達の貴重な栄養源へと変えられていた。
持ち込まれる物資は選別された結果、戦闘糧食や精密機器から携帯ライトや柔らかく繊細に織られたタオル等の使い捨てながら価値の有る物や、貴重なワインやウイスキー等の嗜好品に変わり、そうした物は監視の眼を掻い潜ってデルベトポリへと運ばれていた。デルベトポリ側の顧客も呑気なもので、自分達の国家が血眼になりながら【迷宮】を攻略しようと躍起になっている事を知りながら、陰に隠れて密輸された美酒に酔い稀有な品々を手にしていた。
「まあ、私は今のままが一番なんだけどさ……ねえ、リチャードは相変わらず独り身なんだろ?」
「……えっ? 何でそんな事……」
「あんたもちょっとは男らしくしなよ! そうでないとモルフだって踏ん切りつかないってもんなんだからさ!」
「あ、あー判った判ったって! もう行くよ!」
不意にマーシュに妙な事を尋ねられ、ミリオは慌てて交易所から飛び出すと、バックパックを揺らしながらジルデアンタの村を出ていった。
「……それにしても、戦争に勝ったのにまだ戦いたいだなんて、デルベトポリの連中は馬鹿の集まりなのかねぇ……」
ゆさゆさと遠ざかるバックパックを見送りながら、マーシュは呆れ顔になりながらミリオの消えた方角とら反対方向に進む馬車を眺め、溜め息を吐きながら交易所へと戻っていった。
馬車を連ねて曲がりくねった山道を登るデルベトポリ派兵隊よりも、細い獣道を真っ直ぐ戻ったミリオの方が地下施設に早く辿り着いた。
「ねぇ! 村から兵隊が馬車で……って、あれ?」
だが、大慌てで戻ってきたミリオを迎えたのは、完全武装で準備万端のリチャード達だった。
「えっ? 何でもう準備終わってるの!?」
(……マーシュさんには、何かあったら……狼煙を焚いて貰う手筈だったから……)
マグポーチに弾倉を入れながらモルフが囁くと、ミリオは少しだけガッカリするが、直ぐ支度しなきゃと上着を脱いで野戦服に着替え始める。
「俺達も戦う準備を……」
「それはまだ早いです。今お二人が加勢しても、同士討ちする可能性が高いです」
そう言いながら前に出ようとしたベリテをアンは押し留め、彼は悔しげな表情を浮かべる。
「……今は見学に徹して貰った方が良いが、俺達のやり方を見たら考えが変わるかもしれん……と、思うがね」
そんな彼の顔色に、リチャードは自嘲気味に呟くが直ぐに態度を改め、
「……よし、それじゃ仕事の時間だ。撃鉄を上げて寝坊助共のケツを蹴り上げに行くぞ?」
彼なりのユーモアを交えながら、出発の掛け声と共にアン達三人を引き連れて、地下施設から出て行った。だが、部屋を出ていきかけたアンが不意に振り向き、隣の小部屋を指差しながら、
「向こうの部屋に【迷宮】監視用のモニターがありますから、そちらで外の様子が見られますよ」
そう言うと、外に向かいながら小さく手を振った。
その部屋にはモニターが複数有り、様々な場所に設置されたカメラを介して【迷宮】内の様子が映し出されていた。そして西側外縁部の望遠カメラの映像をベリテは見た瞬間、
「……あれは……【忍耐の甲冑】だな……」
悔しげに呟く。彼もあの時、この場所に身に付けて足を踏み入れた【忍耐の甲冑】。それを再び自らの眼で見る事にベリテは、複雑な心持ちになる。だが、そんな思いを打ち破るように、集音マイクを通して拾われた声がスピーカーから流れた途端、虚しく霧散していった。
《 ……この進軍は! この【迷宮】を探索する目的と同時に多大な犠牲を出しながら、責任を果たさず逃走した前指揮官のベリテ・エリクの捕縛と処分も兼ねている!! 》
「……なん……だとっ!?」
探索を始める前の士気高揚の演説なのか、【忍耐の甲冑】を着た騎士が兵士達を前に朗々と語る声を耳にしたベリテは、思わずそう呟きながら耳を澄ませる。
《 ……反逆者のベリテは生き残りの兵士を見捨て、副官のワイルズと共にヒラリエの残党と結託し、この【迷宮】に身を潜めている!! 更に我が国土へ様々な禁制品を流して私腹を肥やしつつ、着々とヒラリエの主権奪還を目論んでいるのだ!! 》
名も知らぬ騎士の言葉にベリテは青ざめ、拳が白くなる程握り締める。まさか、デルベトポリ国の為に進軍した自分が、国賊として捕縛の対象になっていたとは……そう思うだけで思考が止まり、頭の芯まで怒り心頭と化していく。
「……何と言う事か……俺は……何の為に此処へ送り込まれたのだ……」
演説を続ける騎士の姿から目を逸らす事が出来ないまま、ベリテは無力感に苛まれる。そんな彼の身体にワイルズが身を寄せると、ベリテは無言のまま抱き締めた。
「……済まん、君まで同罪にしてしまった……」
「……いいえ、自ら選んだ道です!」
二人の言葉が室内に響く間も演説は続いていたが、数多のモニターの一つに野戦服に身を包んだリチャードの姿が一瞬映ったが、廃墟の陰に染み込むように消えていった。




