⑨虜囚として
「……指揮官殿、どうかご無事で……」
「俺達は指揮官から受けたご恩を……決して忘れませんっ!!」
ベリテの指揮下で【迷宮】に挑んだ百人の兵士は、彼と別れを告げる時には二十人まで減っていた。彼等も帰国すれば何らかの査問は免れぬ上、もしベリテが捕縛から抜け出せたとしても、帰国すれば更に過酷な査問が待ち構えているだろう。誰もがその事情を理解しているからこそ、共に帰ろうとは間違っても言わなかった。
【忍耐の甲冑】を兵士達に託したベリテとワイルズは、リチャード達に身柄を預けた。当然、彼の愛用の曲刀は取り上げられると思われたが、
「ああ、あの剣かい。直ぐに抜けないよう封印しておくから、持ち歩いて構わんよ」
リチャードは呆気なくそう言い渡し、ベリテは脱力しそうになる。但し、曲刀の柄と鞘は紐でぐるぐる巻きにされて手渡され、もし解こうとしても時間は掛かりそうである。
「……何故、彼は帯剣を許してくれたのだろう」
「もし、貴方が彼の前で剣を抜こうとしても、直ぐ撃ち倒せる自信があるからですよ」
再び曲刀を渡されたベリテが呟くと、通訳役のアンは平然と告げる。こうして捕虜になったベリテとワイルズだが、彼等は更に驚愕させられる。
「……子供が、あの殺戮を為したと言うのか……」
リチャードとアンが降伏勧告を行っている間、周囲の廃墟内から警戒を続けていたモルフとミリオの二人が合流すると、ベリテはまだ幼さの残る二人が凶行に加担していた事実を知り、思わず口に出してしまう。
「ああ、そうだよ……俺もモルフも、銃さえ有ればあんた達を殺せるって訳さ」
(……でも、出来れば……撃ちたくはないですから……抵抗は、しないでください……)
モルフに小声でそう諭されたベリテは、改めて自分達の立場を思い知らされる。しかし、ワイルズはこの状況に余り驚いていないようで、
「ベリテ様、今は大人しく従いましょう。彼等も無闇に襲い掛かって来る訳ではなさそうですし」
彼女にそう言われてベリテは、漸く落ち着いて様々な事を観察する気が湧いてくる。何せ時間は幾らでも有り、特にやるべき事は他に無いのだ。
リチャード達と共に【迷宮】を進むベリテとワイルズは、行軍の時とは異なるルートを辿りながら東に向かっていた。何処に行くのか尋ねようとしても、それはまだ明かせないと言われてしまう。
「……ベリテ様、気付いていましたか?」
「何についてだ? そう言われてみると……あの化け物共と出会っていないな」
ワイルズに尋ねられ、ベリテは捕まってから一度もグールに遭遇していない事に気付く。行軍時にあれ程姿を現していた筈の化け物が一切見当たらず、彼も不思議に思い始める。
「きっと彼等は、精緻な地図を携えているかもしれません。それさえ手に入れば我々も……」
「ワイルズ、その先は語らないでくれ。俺は帰国すれば、逆賊として吊るし上げされかねん」
「……そうでした、申し訳ありません……」
謝罪するワイルズに、ベリテは気にするなと告げてみたものの、彼女も悪気が有って言った訳ではない。そもそも、つい昨日まで真面目に職務を全うしてきたのだから、無理も無い。
「……しかし、あの者達は本当にヒラリエの残党では無さそうだな」
「はい、一番背の高い彼が指揮者なのでしょうが、彼の話す言葉は全く判らないです」
滅ぼされたヒラリエも大陸共用の言語が通じる為、彼のように全く判らない言葉を話す者は僻地の出身者になる。だが、大抵の種族は背丈が低かったり肌の色が黒かったりと、見た目の身体的特徴が顕著である。だが、僻地の種族に背が高く肌の白い特徴を持つ者は見当たらない。
「まさか、噂に聞く亜人の類いなんでしょうか?」
「……尖った耳の森人種か? いや、連中は争い事を避け、人とは交流せぬと言うぞ」
彼等の目から見れば、細い身体や白い肌はエルフ的な特徴と言えなくも無いが、耳は自分達と同じで丸く平たい。しかも背丈は遥かに高い上、自ら前線に出て戦いに参加する程に好戦的である。エルフがそうだとは聞いた事も無かった。
「……それにしても、この【迷宮】と言う場所は実に奇妙な町だな」
ベリテは男の詮索は止めにすると、改めて廃墟の町を見回してみる。何処を見ても彼の記憶の中に有る町並みとは共通点も無く、全ての建物はデルベトポリの王宮より更に高い。廃墟と化して半ばから崩れているにも関わらず、遥かに大きいのだ。しかし、そんな町並みに人は一人も居らず、無人の廃墟になっているのだ。
「……そうですね、きっとあの武器を使って戦が行われたのでしょう」
「ああ、そうだろうな……恐ろしい事だ」
ベリテとワイルズは互いにその時の事を思い出し、その徹底的な殺傷力に畏怖を感じる。頑丈な鎧を紙のように撃ち抜き、人の身体をズタズタに引き裂く威力の鉄の玉を、雨のように降らせる武器。しかもそれは女子供が容易く扱える代物なのだ。
もしも、とベリテは考える。その武器がデルベトポリの兵士全員に行き渡れば、大陸を制覇する事も可能かもしれない。無論、あの男が捕虜に容易く在処を明かすとは思えないが。
「……もし、あの武器がデルベトポリの敵に渡ったら……我々のように、防備の兵士も滅せられてしまうのでしょうか……」
と、ワイルズに言われてベリテは息を飲んだ。そうなのだ、誰でも容易く扱えると言う事は、敵の手に渡れば同じように使われてしまう。
「……無くは無い。ああ、その通りだ……」
その事実を突き付けられたベリテは、前を歩く男とその一行が、急に恐ろしくなる。まるで、人の皮を被った悪魔のように。
「……あの者達の行動次第で、この大陸は……地獄の様相に変わるかもしれん」
ベリテはそう呟くと、それから何も話さなくなった。
「さーて、着いた着いた」
リチャードがそう言いながら辿り着いたそこは、例の放棄されたバスの場所だった。
(……変わった形の牢獄……なのか?)
四方をガラスで囲った長方形の物体は、ベリテ達の眼には人を捕らえておく牢屋には到底見えない。だが、リチャード達は躊躇無く中に入るとそのまま突き当たりまで進み、一見すると何も無いように見える運転席付近まで辿り着く。そして土と瓦礫で埋まった周辺を手探りし、軽々と持ち上げて斜めに設置された両開きの扉を開け放った。
どうやら見た目より遥かに軽く出来ている偽装扉らしく、リチャードは開いた地下施設の入り口に降りていく。
「さあ、お二人も降りてください」
脇に立ったアンに促され、ベリテとワイルズもブロックを敷いた足場を確かめながら、補助照明に照らされた階段を降りていった。




