⑧死の淵
「ああっ! ……お、うおおおおおぉーーっ!!!」
獣じみた絶叫と共に、ベリテは立ち込める地煙を振り払うように両手を上げ、未だ残響が木霊する廃墟の中を疾走し始める。彼の甲冑は大蜥蜴の鱗のように彼の身体に密着し一切の音を立てず、その姿は二足で駆ける竜のようだった。
「あ、ああ、あああああぁ……っ!!!」
彼は指揮下の兵士達を取り残したまま、雄叫びと共に窪地を走り、やがてワイルズが率いていた兵士達が居た場所に辿り着く。だが、そこは地獄だった。
「……くそっ……何故、なぜ……俺を狙わないっ!?」
ベリテは叫びながら膝を地に衝け、目の前に広がる惨状に肩を落としながら曲刀と盾を投げ落とし、何度も何度も地面に拳を叩き付ける。
「……こんな……こんな事が……こんなのは……戦では無いっ!!」
遂に兜を地に付けて頭まで叩き付ける程、ベリテの心は怒りと絶望に打ち拉がれた。窪地に生えていた草が根元から掘り返される程、その周辺は夥しい数の鉄片らしき物がめり込み、兵士達も同様に全身を撃ち抜かれて絶命していた。
或る者は頭を粉々に砕かれ、また或る者は背中の鎧ごと虫のように射貫かれ、また或る者は手足を捥ぎ取られて、死んでいた。あれだけの数が居た筈の、互いに励まし合いながら再びこの【迷宮】に挑み、死んだ仲間の無念を晴らす為に歩み続けた部下達は、無惨に死に絶えていた。
「……ふ、ふは……ははは、ははははは……笑え、笑って、嘲笑え……我は、無力だ……何が屈強な戦士だ……何が、上級騎士だ……くそっ」
ベリテはそう言いながら兜を脱ぎ、顔を露にする。魔導具として機能している【忍耐の甲冑】は、兜に全体の術式を統制する為の複雑な魔導が施されている。その兜を外してしまった彼は、【強靭】と【迅速】の術式が制御を失って過剰な状態へと陥ってしまった。
「……ふぐぅっ!? あ、ああ……贖罪しろと言うのか? 俺に……良かろう、付き合ってやる……死を以て償えと言うのであれば……何処までも……っ!!」
「……ベリテ……様……」
「……っ!?」
制御不能直前の【忍耐の甲冑】に全身を弄ばれ、次第に冷静さを失い始めていたベリテは、夥しい死体の中から聞き慣れた声に名を呼ばれ、正気を取り戻す。
「……お止め、ください……その、兜を脱げば……ベリテ様は……けだものと化してしまいます……」
「何処だ……何処に居るっ!! ワイルズっ!?」
彼は兜を被ると血の海と化した窪地にしゃがみ込み、足元の死体を次々と動かしながら声の出所を探し始める。そのやや掠れながら弱々しく呟くのは、紛れもなく補佐官のワイルズの声だった。ベリテは飛び出した臓物を退け、身体から千切れ落ちた脚を払い、脳漿を失った頭蓋骨を手で押し分けながらワイルズを探した。
「……お、おお……ワイルズっ!!」
「……はぁ、はぁ……」
そして漸く、身を挺して彼女を守り抜いた護衛の兵士の下からワイルズを見つけて引っ張り出し、弱々しく息をする彼女の頭を膝元に抱えながら、絞り出すように声を掛ける。
「……よくぞ、よくぞ生きていてくれた……ああ、無事で良かった……」
「……ベリテ様、お許しください……お預かりした兵士達を、虚しく死なせてしまいました……」
「……それ以上は、言うな……我も同罪だ……無策のまま罠に嵌まり、また多くの兵士達を死なせてしまったのは……愚かな俺の責任だ……」
そう言い交わす二人の元に、生き残ったベリテ隊の兵士達も辿り着くが、彼等を前に無言のまま立ち尽くすしかなかった。
【 ……あー、悪いがアンさん、連中は何と言ってるんだ? 】
リチャードは窪地の東に位置する廃墟の中からアンに問い掛けると、インカム越しに彼女の声が伝わってくる。
【 ……はい、彼等は……自らの失策を恥じ、多大な犠牲を出したのは我のせいだと自分達を断じています 】
【 あー、そうか、判った……しかし困ったな、何だかやり難いぞ、全く……】
リチャードは、頭に血を登らせて北欧神話の凶戦士と化した指揮官と一戦交えるつもりだった。そうなれば屈強な相手にも付け入る隙が生じ、接近戦で劣るリチャードにも勝機が有ると踏んで成り行きを窺っていたが、期待していた状況から読みが外れてしまい、彼は困惑してしまう。
【 ……仕方ない、直接会って話してみよう 】
リチャードは方針転換を迫られた結果、事態が思わぬ方向に行きやしないかと心配しながら廃墟の階段を降り、外に出てアンと合流し、ベリテ達の居る窪地を目指して歩いて行った。
ベリテとワイルズ、そして残されたデルベトポリ派兵隊の兵士達の近くまでやって来たリチャードは、
【 ……悪いがアンさん、俺の言葉を彼等に通訳してくれないか? 】
アンに向かってインカム越しに話しながら、立ち止まって相手の反応を窺う。兵士達は廃墟から現れたリチャードを見ると剣の柄に手を掛けるが、彼に攻撃の意図が見られない事に気付くと戸惑い始める。
「……あー、一先ず休戦しないか。俺達は今は、あんたらを殺すつもりは無い」
自分でも白々しいと思いながら、リチャードはそう告げるとショットガンを地に着けて反応を見る。やがて自分の横に並ぶように立ったアンが直ぐ通訳し、彼女の発した言葉に兵士達は様々な反応を示しながらざわつき始める。
「……私達は何処にも所属していません。ヒラリエとは無関係で、何処の国とも無縁です」
アンが休戦を提案すると共に、自分達をそう説明すると兵士達は困惑と怒りを露にし始める。無関係だと言うなら何故、自分達を襲ったのか、と。中には剣を抜いて前に出ようとして仲間に止められる者も居たが、
「……判った、今は休戦を受け入れよう。いや、そちらが継戦を望んだとしても、我々にはもう……戦い続ける力は残されていない。俺だけ生き延びても、敗けは覆せん」
ワイルズの上半身を支えたまま、ベリテが疲れ切った顔でそう告げると、兵士達は項垂れて剣から手を離した。
「……あー、それはありがたい。まあ、そうだな……一先ず、あんたには人質になって欲しい。待遇は悪くはしない。その代わり、仲間の兵隊達は帰して貰いたいんだが、それでいいか?」
「……リチャードさん、それで良いんですか?」
「ああ、仕方ないだろう……見た所、大将は戦うつもりもなさそうだし、俺達は別に殲滅戦がしたかった訳じゃない」
リチャードの意図を要約してアンが伝えると、ベリテはワイルズの肩をそっと掴んで身体を支えながら尋ねる。
「……あの者達は、虜囚として付いて来いと言っている……ワイルズ、俺が投降する代わりに、君には補佐官として部隊の指揮を取って貰いたい」
「……誠に申し訳有りませんが、その命令には従えません」
「いや、待てワイルズ、君には補佐官の義務として国に戻り、俺の失態を報告して貰わねば……」
「私に本国に一人で戻り、ベリテ様を告発せよと? そんな事は出来ません。お望みならば私と一緒に戻ってください」
「無理を言うな! 相手は捕虜になる引き換えとして兵士達を救うと言っているんだぞ!?」
「……でしたら、私もお供いたします」
「何だとっ!? ……いや、しかし……」
「……何だか揉めてます」
「うーん、騎士ってのも色々としがらみがあるんだろうな、きっと……」
ベリテとワイルズの言い合いをアンがリチャードに告げると、話が纏まるまで様子見を決め込む事にして、ベリテ達の結論を待った。
「……強情だな、お前は。まさかそこまで俺に歯向かうとは思ってなかったぞ?」
「いえ、補佐官として当然の義務です。さあ、早く除装致しましょう」
やがて話が纏まったのか、ワイルズが手伝いながら【忍耐の甲冑】を脱ぎ、帰還する兵士達に託したベリテがリチャードに投降した。
「なあ、あの鎧は貰えないかな?」
「無理でしょう、きっと。それにリチャードさんだって、ショットガンを他人に譲らないでしょう?」
「まあ、そうだな……それに俺が身に着けるには、小さそうだしな」
ワイルズから鎧を受け取り、撤退していく兵士達を見送りながら、リチャードはそう答えて納得した。




