⑦激突
【迷宮】探索二日目を迎え、デルベトポリ派兵隊の隊長、上級騎士のベリテは先陣を切って進軍を開始した。だが、一日目とは裏腹にグールの襲撃も無いまま順調に進み、前日引き返した元図書館跡地まで辿り着けた。
「……順調なのは良いが、逆に不気味だな」
「はい、手を焼くグールも現れませんし、何も無い方が罠じみていますね」
補佐官のワイルズと言葉を交わしながら、ベリテは面当てを上げて図書館前の階段に腰を降ろした。
「……そういえば、この廃墟……かなりの本が納められていますね」
「ああ、全く読めん字だから内容は判らんが……」
「……王宮の蔵書が霞む程の量の本でしたが、中には綺麗な挿絵が多く刷られた写本もありました」
ワイルズは被っていた兜を脱ぎ、短く切った髪の毛先を触りながら兜を膝の上に載せると、足元に落ちていた本を取り上げ、パラパラと捲る。
「……ここまで精巧に刷る技術は、デルベトポリにはありません。見方に依っては物凄い宝なのかもしれませんが……」
「ああ、そうだな。だが、今は探索が先だ」
「……いえ、仰有る通りです。失礼しました」
自分より年下、そしてデルベトポリでは珍しい女性の補佐官のワイルズにベリテはそう言うと、彼女の膝の上の本をちらりと眺めてから、
「……探索なら、一つ位持ち帰っても査問されんぞ?」
「……はっ!? やっ、これは……」
彼の視線の先の、モコモコと柔らかそうな毛皮に包まれた獣の挿絵にワイルズは動揺し、珍しく慌てながら写本を閉じた。
「さて……そろそろ行くか」
「はい、了解しました。部隊を進めます」
二人は小休止を終え、再び進軍を開始した。
ガチャガチャと甲冑の鳴る音が響き、武器を手に兵士達が歩を進める。補佐官のワイルズは足を停めて辿って来た道筋を紙面に記すと、隊列に遅れないように小走りになりながら再び歩き出す。
「……補佐官、多少遅れても間に合いますよ?」
「いえ、ベリテ様から離れては役目が務まりませんから」
護衛の兵士にそう答えると、紙束を肩掛けカバンに押し込んでベリテの背中を追う。そんな彼女にやれやれと言いながら兵士は追従し、しかし生真面目過ぎるのも困るな、と心の中で呟いた。
「……開けた場所か、我々を襲うならここが一番だな」
「はい、迎え討つなら適所でしょうね」
やがて一行は廃墟が林立する箇所を抜け、大きな窪地に辿り着いた。そこは擂り鉢状の広大な空き地を薙ぎ倒された建築物が放射状に囲み、途方もない破壊力を秘めた何かが爆発を起こしたように見える。だが、今は中心部に雨水が溜まった小さな沼があり、その周りに草が生い茂るだけで危険な兆候は無い。だが、ベリテ達は警戒を怠らなかった。
身を隠せる場所は最寄りの廃墟だけで、その廃墟も迂闊に中に入れば、いつ崩れるか判らない。そんな状況もあり、ベリテは先行して反対側に着いたら周辺を見て周り、異常が無ければ後進の部隊を進ませる事にした。部隊をベリテ隊とワイルズ隊の二手に分け、先行組が沼を迂回して廃墟の傍を進み、端まで到達したら後続組が合流する手筈に決め、静かに進軍を開始する。
「……では、ご武運を……」
「ああ、慌てず俺の到着を見届けてから、慎重に進め」
先行するベリテ隊を、ワイルズが率いる後進隊が待機して彼等の行軍を見守る。こうしてデルベトポリの派兵隊は二手に別れ、動き始めた。
ベリテは冷静に周囲を見回しながら一歩一歩、慎重に進む。盾を構え、不意に飛び出してくるかもしれない敵に備えながら、曲刀を構えて進んでいく。
遥か頭上を鳥が飛び、小さく鳴きながら羽ばたいていく。耳を澄ませば虫の鳴く声が草の中から聞こえ、先に身を潜める敵が居ないのも当然に思えてくる。
だが、彼は決して気を緩めず、後続の兵士達と歩調を合わせながら、沼を迂回して窪地の端まで辿り着いた。
「……杞憂だったか。よし、合図して後続に進むよう伝えろ」
ベリテが兵士に伝えると、彼は携えていた赤い手旗を取り出して振り向き、大きく左右に振って後続に報せた。
「……ワイルズ様、進軍の許可です」
「ええ、進みましょう」
護衛の兵士が手旗に気付いて彼女に進言すると、ワイルズは頷いて手を前に向けて大きく振った。その合図に兵士達は安堵しながら進軍を開始する。先行したベリテ隊が露払いしてくれたお陰で、後続の自分達は安全だ。当然、彼等はそう思いながら歩き始め、事実何事も無く中間地点まで辿り着けた。
(……ベリテ様のお陰で、まだ誰も死んでいない。自分が先頭なら、こうはいかないだろう……)
危険の無い後続隊を率いながら、ワイルズは心の中で呟く。女性が兵士として居る事の珍しいデルベトポリで、彼女は自らの努力のみを頼りに今の地位に辿り着いた。だが、それはベリテの従者として彼の後を歩いてきたから、と彼女は常に思っていた。
同郷のベリテとワイルズの二人は、まさか自分達が上級騎士と補佐官の関係になるとは思っていなかったが、現在の地位にワイルズは全く不満は無かった。だからこそ、彼に対する心情は特別な物では無かったが……
……突然、カンッという甲高い音と共にワイルズの兜が跳ね上がり、額の中心を撃たれた彼女は勢い良く後ろに倒れた。
(……な、なにが……おきた……?)
グラグラと頭の芯が揺れ動き、耳鳴りで何も聞こえない。眼を開けている筈なのに白い光で視界が塞がれ、更に身体の力が抜けて動けない。しかも顎の下を通す紐で固定する兜はひしゃげた部分が額に当たり、その箇所がじわりと熱を帯びて火傷しそうだ。
ワイルズが何か言おうと口を開きかけたその瞬間、誰かが自分の上に被さるのと同時に、張り詰めた皮を叩くような大きな連続音が窪地に鳴り響き、彼女の顔に熱い液体が降り注ぐ。それが唇を伝い舌に触れ、誰かの血だと理解した瞬間、ワイルズは気を失った。
【 ……仕損じたかも、しれません…… 】
モルフの消沈した声がインカム越しに聞こえたものの、ミリオは引き金から指を離さなかった。
リチャードとアン、そしてモルフとミリオは各々が窪地を見下ろす廃墟の上から照準を合わせ、モルフの狙撃を合図に同時射撃を行った。十字射撃と呼ばれる戦法で、射線が交差する箇所を徹底的に制圧する、無慈悲な手段だ。
一番遠い射撃位置のモルフは、その場所からスコープで狙える最大射程の標的に、光沢を帯びた兜を被る人物を捉え、引き金を絞った。
だが、標的は着弾の瞬間、僅かに前屈みになり兜の飾りに阻まれて入斜角が浅くなり、兜を撃ち抜けなかった。結果、相手は大きく仰け反りながら後ろに倒れ、その身体を庇うように隣に居た兵士が覆い被さってしまう。
(……せめて、もう一度……っ!!)
モルフは追撃とばかりに引き金を引いたが、弾丸は上に乗った兵士の身体に阻まれてしまい、下になった兵士には届かない。諦めて次の標的を狙おうとスコープを動かしたが、窪地は三方向から撃ち込まれる大量の弾丸に地煙が舞い上がり、精密な射撃は出来なくなっていた。
モルフが追撃を諦めた時、ミリオは三本目のマグチェンジを終え、再び引き金を絞っていた。細かく狙いを定めず、肩にストックを当てたままフルオートで短機関銃を撃つ。銃の右側から排出された薬莢が床の上に散乱し、熱した鉄に触れて揮発した油の匂いが充満する室内で、ミリオは無言のまま三本目のマガジンを消費していく。
やがて、カチンと短機関銃が音を立て、銃弾を撃ち尽くした事を告げる。
【 ……よし、射撃止めだ。直ぐそこから移動するんだ 】
リチャードの声をインカム越しに聞きながら、ミリオは腰のマグポーチから四本目のマガジンを交換すると、
【 判りました、直ぐ移動します 】
そう答えて部屋の窓から後退り、背後の出口に向かって歩き出した。その背中に窪地から窓を越えてベリテの絶叫が届いたが、ミリオは振り向かず黙ったまま部屋を出た。




