③化け物と化け物
食欲に塗り潰された意識は、常に飢えて獲物を求め続ける。何故そうなのか、又はどうしてそうなったのかは、全く考えずひたすら飢えを満たそうと五感を研ぎ澄ませる。ふと気付いた時、灰色に埋め尽くされた視界の中に、朱色の点が生じる。それを感知しただけで脳内は全てを狩り中心に書き換え、それまで二本の足で歩いていた姿勢から両手を地に付けて走り始める。
(ニクだ、ニクだニクだニクだニクだニクニクニクニクぁああああああぁーーーーっ!!!!!!)
やがて理性の消え失せた思考は完全に食欲のみに塗り潰され、彼を飢えた獣そのものに変える。
……相手が、同郷のデルベトポリ軍の兵士だと一切理解出来ぬまま。
最初に接敵した兵士は、幸運にも盾を構えていた為引き摺り倒されずに済んだ。無論、引き倒されていれば鎧の隙間から肉を裂かれ、喉を食い千切られていただろう。
「乱戦だ! 剣からメイスに換えて戦え!!」
勢い良く体当たりしてきた相手に動揺せず、小隊長は指揮下の兵士達に振り抜き易さを優先した武器に持ち換えさせる。
「ア、アアぁ……ニクぅ……」
「うあっ! こいつデルベトポリの兵士だぞ!?」
相手が見慣れた服装だと気付き、盾を構えながら最初に襲われた兵士が血相を変える。
「そんなもん着替えりゃどうにでもなる! 大方死人から剥いで着たんだろ!!」
だが、仲間の兵士は冷静にメイスを構え、盾越しに振りかぶると相手の脳天目掛けて振り下ろす。ガッ、と鈍い打刻音と共に頭皮が弾け、白い頭蓋骨が露出したが、
「ハッ、ハッ、ハッ……ニクぅ……ッ!!」
「こいつ……まだ生きてるぞ!?」
鋭角な突起の付いたメイスで殴られた拍子で、頭がガクンと揺れたにも関わらず、意に介さず両手を突き出して掴みかかる相手に、殴った方の兵士は思わず取り乱す。その隙に首を掴んだ化け物は瞬時に締め上げてボキリと喉の骨を砕いた。
「げっ……ごぼっ……」
「ニ、ニクっ!!」
白目を剥いて泡を噴く兵士の顔面に噛み付き、鼻と眼を噛み千切りながら化け物はそのまま食らい付き、後から来た兵士に頭をメイスで打ち砕かれるまで止めなかった。
「はぁ……はぁ、コイツが化け物の正体か?」
何回もメイスを振り下ろされて絶命した相手を仲間の死体から引き剥がしながら、兵士の一人が声に出して俯く。しかし本当は化け物が服を奪ったのではなく、着ていた者が化け物に身を変えたのではないか。そう思うだけで、背筋が凍るような気になる。
「くそっ、化け物を倒す度に一人づつ死んではどうにもならん! 密集して互いの背を守りながら進むぞ!!」
混乱が収まったのを確認し、小隊長は散開させていた部下を集め、自分が殿になって背後を注視しながら進む事にした。こうすれば不意を衝いて襲われる確率は、少なくなるだろう。
……但し、その常識は現代戦では通用しない。密集していれば、甲冑を着ていようと只の良い的でしかないのだ。
廃墟の二階から様子を窺っていた人影が、銃口の下に取り付けたレーザーサイトから赤い光を照射し、小隊長の頭に狙いを定める。そして、安全装置を外して引き金を引いた。
パパパッ、パパパッ、と三点射の射撃音が木霊し、身を寄せながら進む一団を後ろから順番に捉えていく。小隊長が倒れ、その前の兵士と続き、そして自分達の身に何が起きているのか知らぬまま、眼下の兵士が全員射殺される。
全弾撃ち切って空になったマガジンを短機関銃から抜き、新たなマガジンに交換した人影は、撃ち洩らしが無い事を確認すると廃墟の奥へと消えていった。
ベリテが甲冑の術式を解放しながら進み出ると、その漏れ出る魔力に惹かれてか次々とグールが現れ、彼に向かって襲い掛かっていく。
「……次から次へと、まるで害虫だな……」
だが、強力な術式に後押しされたベリテには、全く脅威に感じられない。右手から近付いて来る相手が間合いに入った瞬間、彼の手に握られていた長刃の曲刀が煌めきながら一閃した。
つっ、とグールの顎から上が前に下がり、そのままずるりと足元に落ちる。一歩踏み出していた足が自分の頭に当たり、バランスを崩しながら倒れる。
「あっ、あっ、あああぁっ!! ニクぅっ!!」
人の言葉を失いながら食欲のみに支配された二番手のグールが叫びながら、倒された同類の死骸を踏み越えてベリテに殺到するが、【迅速】の術式が発動している彼には稚速に過ぎない。
「なまじ人の形をしているから、心を動かされる……こんなのは藁束と同じだ」
ベリテの視界の中では、相手の動きは粘度の高い液体の中を踠きながら進む程度にしか見えない。冷静な無駄を排した一振りだけで、グールの首を落として物言わぬ骸へと変えていく。
そんな緩やかに動く視界の中で、やや機敏な動きを見せながら四つ足で駆け寄る影にベリテは気付き、
「成る程……中には素早い奴も居るようだ」
その影に意識を向け、相手の動きを捉えようと意識を集中させる。だが、突如機敏さが増したかと思うと左右にブレながらベリテの視覚を翻弄し、曲刀の範囲内まで接近すると身を低くしながら跳躍する。だが、それでもベリテには脅威ではなかった。
彼は即座に曲刀を離すと、真正面から飛び掛かって来る相手の頭を真上から鷲掴みにし、
「……作法がなってないな、初対面の相手に失礼だろう?」
冗談混じりに呟きながら、掴んだ相手の頭を地面に押し付ける。相手の尖った口先を突き刺すように地面へめり込ませながら、一瞬で頭蓋骨を握り潰す。ぐちゃっ、と内容物が指の間から飛び散ると、襲って来た相手は身体を僅かに痙攣させながら絶命した。
「相手は不死の魔物ではない! 血を流し頭を砕かれれば死ぬ!!」
ベリテは叫びながら曲刀を拾い上げ、刀身に付いた血を振るって落とす。びっ、と朱の点を散らすと再び刀を構え、ゆっくりと歩き出す。
「……所詮、魔に魅入られて外道に堕ちた連中だ。我々の敵ではない」
きっぱりそう言い切ると、彼は自分の後ろに指揮下の兵士達が追従してくるのを確かめてから、通りの中心を堂々と歩き始める。無論、彼の元に廃墟の物陰や脇道からグールが吸い寄せられるように突進してくるが、ベリテを曲刀を無造作に振る度、切り刻まれて湿った音を立てながら死んでいく。
「すげえっ!! 化け物が手も足も出ねぇ!!」
「ヒラリエ討伐戦の時みてぇだ!!」
兵士達の興奮気味な声援に後押しされながら、ベリテは【迷宮】を進んで行く。だが、彼の意識は少しづつ苛立ち始めていた。それは、目の前で朽ち果てるグール共に、中途半端な戦力のまま消耗品のように兵士達を投げ与えたデルベトポリ中枢部への怒りだった。
(……こんな程度の愚図共に……ならば、先遣隊は生死問わずの使い捨てだったのか……?)




