⑯拠点の整備
「……それは残念でしたね。でも、郷里の味は思い出による補正もありますから、仕方無いでしょう」
例の糧食についてリチャードが愚痴をこぼすと、アンはそう言って慰めはするが、食事が要らない彼女に言われてもいまいち納得出来ない。そんなリチャードの気持ちを理解しているのか、
「それはそうと、この拠点には太陽光発電パネルが有る筈なの。もしそれがまだ健在なら、電力問題は解決するわ」
そう言って話題を変え、制御パネル(大広間の壁面に設置されていた)を操作して暫く様子を見てから、
「……規定量まで充電されていないわ。もし地盤沈下で断線しているなら、望みは薄くなるけど一旦発電パネルを見てみましょう」
リチャードにライトを持って付いてくるよう促し、連れ立って拠点の外に向かった。
アンと共にリチャードが外に出ると、辺りは夜の闇に包まれていた。リチャードがライトをを点けて足元を照らそうとすると、
「私は見えるから大丈夫よ。それは何かあった時にあなたが使うと良いわ」
そう言って彼の手を掴み、ゆっくりと闇の中を一歩一歩進んでいく。その足取りに迷いは無く、彼女が確かに闇の中でも辺りが見えているのだろうとリチャードは納得する。しかし、手袋に包まれたアンの手は柔らかさとは縁遠く、まるで義手か何かで掴まれているような感触が伝わってくる。
「……あれね、どうやら表面に何か引っ掛かってるみたい」
闇に包まれて四方が全く見えないリチャードだったが、アンは少し離れた建造物の上に有るパネルが見えるらしく、少し待っていてと彼に言った後、崩れた建物の斜めになった壁面をスイスイと登っていった。そして暫く経つと、頭上からガサガサと何かを剥がす音が鳴り、直後に壁面を滑るように降りてきたアンがリチャードの前に着地した。
「……随分と活動的な娘さんだな」
「お気遣いありがとう、でもこれで問題は解消したと思うわ」
リチャードとそう言い交わすアンだったが、朝にならないと結果は判らないけどねと付け加える。
「ところで、君は本当に何も食べなくても大丈夫なのか?」
「あら、心配してくれるの? ……ありがとう。でも、必要になったら充電すれば済むわ。だから問題無いの」
闇の中でアンと言葉を交わすリチャードだったが、思わぬタイミングで感謝の言葉を聞き、機械人形の割りに不思議な人間臭さを感じ、彼は奇妙な気分になった。
「さあ、地下施設に戻りましょう。きっと二人が心配しているわ」
アンにそう促され、リチャードは来た道を再び彼女に導かれながら歩き出した。そして、また彼女に手を掴まれてみると、固い感触の中に壊れ物を優しく包もうとする温かみを感じ、
「そうだね、急ぐとしよう……」
そうリチャードは答え、夜の闇の中をアンに委ねながら帰路に着いた。
「……どうやら充電も大丈夫みたいね。これで電力供給の心配は要らないわ」
翌朝、施設の電力制御パネルをアンが確認し、パネルを操作して配電盤のスイッチを入れた。その途端、全ての照明に電力が回り、携帯ライトの頼り無い明るさから一転、部屋の隅々まで明るい光に包まれた。
「うわぁ……こうなると、今までの暗さとは段違いだなぁ!」
(……そうですね、暗さに慣れた眼には辛いですが……でも、何だか安心します)
若い二人はそう言って眼を細め、それまで良く見えなかった部屋の備品や足元を見て、掃除しようかと言い始める。
「ありがとう、アン。君が居なかったら、穴蔵のモグラみたいな暮らしだったよ」
「いえ、気にしないで。施設が使えた方が私も有益でしたから」
そう言って謙遜するアンだったが、彼女が来た事で拠点の設備が益々充実している。そう思いながらリチャードは、アンを改めて明るい光の元で良く見てみる。
肩まで届かないやや短めの金髪に、冷たい水に満たされた湖のような眼、そして日焼けと無縁な真っ白い肌の色。もし、彼女が人間ならば、きっと誰もが恋に落ちそうな美貌のアンだが、その正体は機械が詰め込まれた人形だという。無論、リチャードには信じがたい事ではあるが、昨夜の突飛な行動力を見れば納得するしかない。
「……何か?」
「いや、別に……あ、ちょっと聞きたいんだが」
自分の視線に気付いたアンに問われ、リチャードは咄嗟に思い付いた事を尋ねてみる。
「……君は、どの辺まで覚えてるんだい。その……自分が生まれた時の事とか、こっち側に来る直前の事とか……」
リチャードがそう聞いてみると、アンは少しだけ思案してから答える。
「私の記憶野内には、製造ラインから此処に運ばれた後の事が全て記録されているわ。1997年の4月13日以降の……ここにゲートが到着するまでの、全てが。そしてその後、ブリティッシュ王国の王都がゲートに飲み込まれ……」
「……? 何だい、そのブリティッシュ王国って……」
リチャードはアンの話を途中で遮り、聞き覚えの無い国名に思わず繰り返してしまう。
「……リチャードさんはご同郷ではないのですか?」
「いや、自分はイギリスの……あ?」
ここに来て、共通点は同じ言語なだけだと気付き、リチャードの疑問が頂点に達する。
「アン、君の居た所に【ビックベン】はあったかい?」




