⑪未来の銃器
「……それにしても、随分軽いライフルだ」
モルフとミリオを伴いながらリチャードは、廃墟の二階で通りを見渡せる部屋に陣取ると、リュックサックに提げられていた銃を手にして呟いた。
そのライフルはストック以外は金属製ながら、様々に工夫が施されているのか見た目以上に軽く作られている。しかし、軽さは逆に照準を合わせる際の手振れに繋がり、狙い難さに直結してしまう。果たして性能はどうかと思いながらリチャードがレバー類の位置を確認すると、側面に口径を表す単位が刻まれている。
「……7.62……ミリか? 結構大きい弾を使うんだな」
それを読み上げた後、リチャードはしゃがみ込む姿勢のままボルトを引いて銃弾を装填し、ライフルを構えて窓の外を見る。
「……案外振れないな。中心に金属部品が集中しているのか……」
そう言って銃のマウントに取り付けられたスコープを覗き込むと、明暗がクッキリと鮮明に見える。
「……何だ、これ……鉄筋の一本一本がハッキリ見えるぞ? ……相当離れているのに」
そんなスコープを見た事が無いリチャードは、製造元の名前を読むが、
「……カール……ツァイス……? こりゃ、ドイツのスコープじゃないか。まあ、いいか」
彼の生きていた第一次世界大戦当時のヨーロッパでは、後に世界的な光学機器メーカーとして名を馳せるカール・ツァイスも、軍用機器としてはまだ広く浸透していなかった。リチャードが良く知らないのも仕方の無い事である。
それはさておき、全くの素人の二人に銃の扱い方を教えるにしても、銃弾の装填有無に関わらず銃口を人に向けない、と言った極めて初歩的な事に始まり、安全装置の外し方に至るまで多岐に渡る。そうした説明や実践を交えながら一時間程の時間を費やし、一通りのレクチャーを終えた後、
「……では、実際に撃ってみるぞ」
と、再びリチャードが銃を構えると、二人は発砲音に備えて彼から離れ、両耳を手で塞いで身構える。そんな姿に大袈裟だなと思いながら、リチャードは引き金に指を掛けた。そしてゆっくりと引き絞り、窓枠の外に向けて発砲した。しかし……ポシュッ、と気の抜けたソーダの栓を抜くような軽い音が鳴り、室内に硝煙が立ち籠る。予想を遥かに上回る小さな音だったせいで、
(……えっ? リチャードさん、本当に撃ったんですか?)
「あれ? こんなもんなの?」
と、モルフもミリオも拍子抜けである。だが、撃った本人のリチャードは違っていた。
「……おい、何だこれ……スコープの目盛りが間違ってなけりゃ、400メートル先のレンガを撃ち抜いたぞ?」
崩れた壁の先端に残るレンガの一つを狙った彼は、専用の狙撃銃でも難しい距離を一発で撃ち抜くその銃の性能に驚愕する。しかも、銃口に付いていた消音器の性能は更に凄まじい。あの程度の小さな音なら、発砲炎さえ見られなければ相手に自分の居場所を知られる事も無いだろう。
「……よし、それじゃモルフ……は、まだ早いか。ミリオ、撃ってみろ」
リチャードが促すと彼も察したのか、固い表情でライフルを受け取り、その重さと独特な雰囲気に圧倒されたのか、
「うわぁ……これが、じゅうか……」
譫言のように呟くと、彼にはやや大きいライフルを手に持ち、肩にストックを当てて窓の外を狙う。
因みに今、彼等が扱っているM1Aと呼ばれるミドルレンジライフルは、反動が少ない割りにフルオート射撃も行える為、第一次世界大戦時の重く長いセミオートライフルと比べても格段の性能を誇る。無論、単発遠距離射撃での話であり、連続射撃の場合は銃口の跳ね上がりを抑止するアタッチメントパーツを装着しないと、どんな銃でも集弾性能は落ちる。
それはさておき、リチャードの言い付けを守りながらミリオは見様見真似でライフルを構え、先程の彼と同様に目標をスコープの中心に定め、引き金を引いた。
再び小さな音と共に弾丸が射出され、やや離れた廃墟の壁面に弾着し、パッと土煙が上がる。リチャードは続けて同じ場所を狙えと言い、ミリオもスコープを覗きながら頷いた。
「……十発撃って、九発命中か。最後は外したが中々悪くないぞ」
同じ姿勢を取り続けていたミリオは、その言葉で長く続いた緊張感から解放される。そして弛緩した全身に血が急に巡ったからか、ライフルをリチャードに渡した瞬間、くたっと床に尻餅をついた。
「……あ、あはは……か、身体に力が入んないや!」
ミリオが通訳係のモルフにそう言うと、伝え聞いたリチャードもそりゃそうだと過去の自分を重ねて小さく笑ってから、ライフルを縦に持つとモルフに差し出した。
「次はモルフ、君の番だ」
モルフの射撃訓練は、長く続かなかった。一発目、二発目とそこまではミリオと変わらなかったが、三発目になった瞬間、
(……手が、震えて……持てなくて……)
緊張からか、それとも人を殺す道具に畏怖の念が募ったからか。モルフの手はライフルを持つだけで震えが止まらなくなり、銃口が定まらなくなる。
このまま続けても良い結果にならない、そう判断したリチャードはライフルをモルフから受け取ると、
「慌てなくてもいい、大きな銃は扱いも難しいからな。もう少し小さな銃が見つかったら、それで改めて訓練しよう」
そう言ってモルフの頭を撫でながら落ち着かせると、彼女の震えは次第に収まっていった。
「まあ、今日の所はこの辺にしておこう。まだ早いが村に帰っても良いし……」
リチャードがそう言いながらリュックサックとライフルを纏めていると、モルフに向かってミリオが話し掛ける。
「……あの、リチャードさんに言って貰いたいんだが、いいか?」
(……ええ、大丈夫ですよ……それで、何と?)
モルフがそう返答すると、ミリオは暫く考えてから自分の考えを彼女に伝えた。
「……ちょっと気になる所があるから、帰る前に寄り道してもいいかって、言って欲しいんだ」
言葉の通じないミリオとリチャードは、モルフを介して意思を伝え合いながら廃墟の中を進んで行く。危険のなさそうな場所はミリオが先導し、何かが潜める可能性の高い箇所はリチャードが前を進み、安全を確保する。そうして通りから離れ、廃墟の町の中心から外縁部まで移動した三人は、地面に開いた亀裂に前を半ば埋没させた大型バスが鎮座する所に到着した。
「……中は空っぽだな。ここに何があるんだ?」
バスの中に入ったリチャードがミリオに尋ねると、彼は先を歩いて運転席まで進み、割れたフロントガラスの向こうに見える、一枚の大きな鉄板を指差した。
「……あれを退かすと、向こう側に洞窟があるんだ」
(……えっ、洞窟?)
モルフが彼の説明をリチャードに通訳すると、内容を理解したリチャードは、洞窟を塞いでいる鉄板を退かしてみる。その鉄板は薄い金属で出来た道路標識らしく、見た目より軽い。床の上に鉄板を除けると半円状の入り口が現れ、冷たい風が僅かに抜けていく。
「……随分狭いが、ミリオは向こう側に行った事があるんだろ?」
リチャードが手持ちライトを準備しながら尋ねると、彼はこの洞窟を見つけた時の経緯を説明した。以前、探索者と共に界隈を探し回っていた時、この放置されたバスを見つけたが、その先に広がる洞窟の中は探索者の手に余る大きな物が大半で、その広さの割りに大した物は手に入らなかったという。そこで部外者が来ても侵入出来ないよう鉄板で隠し、探索者達と共に立ち去ったのだとか。
「……その人達はまた【迷宮】に入って、それっきり帰って来なかったんだ。だから、ここを知ってるのは俺以外居ないと思うよ」
ミリオの説明をモルフが通訳し、それを聞き終えたリチャードはそれなら危険は少ないかと思いながら手持ちライトを咥えつつ洞窟の入り口を潜る。どうやら地盤沈下の影響で地下の通気ダクトの一部が地上と繋がったらしく、直ぐに周囲は正方形に変わり、暫く進んだその先に広がる空間へと辿り着いた。そして内部に異常が無い事を確かめてから、
「……おーい! 来てもいいぞ!」
と、ミリオ達に声を掛けた。
「……それにしても、ミリオの言う通りだな……」
そこは町が廃墟になる以前は、地下に作られた施設の一部だったらしく、ライトで照らされた内部は自然に出来た洞窟とは全く異なる四角い空間が広がっている。しかも運搬用のフォークリフトや電動車両がそのまま放置された広大な地下室を中心に、四方に大小の部屋が配置されていた。だが、やはりミリオの言う通り、物資らしい物資は殆ど見当たらず、真っ暗で広いだけの地下空間、という塩梅である。
「……でも、ここは凄いな……見た事の無い電球が天井に付いているし。おっ? ここに有るのは……発電機じゃないか!」
リチャードが驚くのも仕方無い。広い部屋の角には大型のエンジン駆動型発電機が有り、それさえ始動出来れば地下施設各所に電力が供給される筈だ。そして、リチャードが発電機の燃料タンク閉鎖コックを回してエンジン始動用のクランクを暫く回すと、
……ドッ、ドッドッ、ドドドドドッ!!
鈍く重々しい音が外部に繋がる排気管付近から響き、そして次第に連続音へと変わっていった直後。
「……うわっ!? 何なんだよ、この光は!!」
(……凄い、さっきまで真っ暗だったのに……!)
突如、天井の照明灯がパッと点き、リチャードの手持ちライト以外の光源が無かった地下空間は、煌々と輝く明るい光に満たされた。
「……ここなら、銃の試射だろうと何だろうと出来るし、外の蓋さえキチンと閉められれば……何日でも過ごせそうだな」
中央の広大な空間以外の部屋を見て回ったリチャードは、ミリオが発見した秘密の場所の有益性に感心し、そして滞在すら可能なここをどう利用すれば、【迷宮】を有効に探索出来るか考える。だが、それは直ぐにミリオとモルフの腹の音に妨げられた。
「……だが、今はともかく飯にしよう。向こうの部屋に飲料水も有ったからな」
外の時間で夕刻に近かった事も有り、リチャードがそう宣言すると、モルフとミリオは互いに顔を見合いながら困ったようにアハハと笑った。




