⑨理由はともかく
「……ほぉ、君もモルフさんと同じ仕事してるのか」
次の日の朝になり、モルフを介しながらリチャードとミリオは話をした。ミリオはモルフとリチャードから離れて部屋の隅で夜を明かして二人を心配させたのだが、【迷宮】で一人きりになるより良いと言い張って朝を迎えた。
(……ええ、あの村で出来る仕事は限られてますし、何より稼ぎになります)
中継ぎするモルフはそう相槌を打ち、大半の収益が農業林業そして狩猟頼みの辺鄙で閉鎖的な村で、跡継ぎ口の無い者が唯一稼げる仕事は探索者の荷物持ちとして【迷宮】に行くのみだと話す。
「ふむ……危険と隣り合わせの仕事だな」
リチャードはそう言ってコーヒーを飲むが、ミリオの(その危険より更に危ないのがあなたなんですけれど……)と言いたげな顔には気付かない。
(……それで、今日は戻るんですか?)
「いや、まだ他に行っていない所を探してみようと思ってる。それに、荷物持ちが一人増えたからな。この機を逃す事も無かろう」
モルフとリチャードはそう言い交わし、二人の会話をモルフがミリオに説明すると、
「ええ、いいですよ! ……あの人達と居ても、全然儲かりませんでしたからね」
そう答えて、ミリオは自分も賛成だと頷いてから、
「……でも、そんなに何か見つかるんでしょうか」
少し不安げにリチャードの顔色を窺った。
モルフとミリオは【迷宮】を探索する為、リチャードに付いて建造途中で放棄されたショッピングセンター予定地から出て、更に内地へと進んでいく。二人は何度か足を踏み入れた事がある為、その光景に感傷的な気持ちは抱かない。だが、リチャードは【迷宮】と呼ばれる廃墟の町が彼の知る街並みと瓜二つで、
「……あの白壁の尖塔は教会か。だったら駅前のロータリー広場に、噴水があれば……」
と、記憶の中の故郷と目の前の景色を重ね、気もそぞろである。だが、そんな観光気分は暫く進む内に消え去った。
「……リチャードさん、あれ何でしょう?」
化け物に出会わず暫く進んだ三人だったが、それを一番最初に見つけたのはミリオだった。その何かは、通りの真ん中に出来た地面の大きな裂け目に嵌まり込んでいて、離れた所からは見つけ難いようだ。
「ああ、あれは飛行機……だと思うが……」
ミリオの指差す方をリチャードも確認し、裂け目に落ちて焼け焦げた機体から航空機と思い付くが、それにしても見慣れない形状だった。六枚も有る主翼は傘の骨のように放射状に広がり幅も狭く、機体の上にバネ状の軸で固定されている。そして尾翼の代わりに小さなプロペラと羽根が有るのみで、彼の知る飛行機のどれにも似ていなかった。
(……これは、船……でしょうか)
「いや、これは空を飛ぶ乗り物だが……どこの国の……!?」
二人を伴いながらリチャードは周囲に飛び散っている破片や部品を避けて近付くと、その飛行機の側面に所有している国と部隊を示す文字が塗装されていたのだが……そこには青地に十字を二つ組み合わせたユニオンジャックの国旗、そして《Special Air Service》と言う、聞いた事の無い部隊名が記されていた。
「……何なんだ、この所属名は……特殊……空挺部隊? いや、それより英国は……いつの間に、こんな飛行機を作ったんだ?」
リチャードは【迷宮】に来て初めて、明確に理解出来る文字と母国を示す国旗に遭遇したのだが、それは逆に彼の混乱を招いた。
「……ああ、何なんだこれは……じゃあ、この死体は同じ英軍兵の筈……」
そして、機体の中に残された黒焦げの亡き骸は、白骨化した頭部と四肢が燃え残った軍服の端から見えていたが、その服装やヘルメットは自分の装備とは共通点の欠片も見当たらない。そして、その遺体の脇に銀色の小さな箱が燃え残っていたが、タバコ箱に似たそれは高熱で焦げ、中身が無事か外見からは判断出来なかった。
「……これは……バックルで開閉するのか?」
リチャードはそれを手に取ってしゃがみ込み、その側面の金具を動かしてみると、錆びていた部分だけがポロリと落ちて足元に転がり、閉ざされていた箱が観音開きに開く。そしてその中には小さな手帳と、奇妙な長さのペンだけが入っていた。
「……日記か、何かか……日付は……っ!?」
パラパラと捲って中を確認していたリチャードは、その内容を見て我が眼を疑った。
《 1997年・7月 》
《 ……基地から脱出出来た仲間は、ほんの一握りだけ。それ以外は全員、あの爆発から逃れられず基地と運命を共にした。》
《 ……機体が酷く揺れる。プロペラのローターに致命的な故障が発生したとパイロットの が……》
《 ……アンリ。君と子供達 の日記を読む事は無いだろう。疎開が間に合っ は思えない。きっと……》
《 ……機体の揺れ 酷 。 駄目 う。》
日記の内容は途切れ途切れで、揺れる機内で書いたせいか、次第に字がかすれて読めない箇所が増えていく。どうやら、新しい手帳に続きを書き残そうとしたらしく、それより前の記述は抜け落ちて詳細は判らない。だが、文脈から予測すると何らかの異常事態から逃れる為、この兵士は飛行機に乗って移動する最中だったのだろう。だが、リチャードを激しく混乱させたのは、兵士が命を落とした事よりも、そこに記されていた年号だった。
「……1997年? ……じゃあ、この日記は……80年後に書かれたのか!?」
リチャードは自分が従軍した西暦と、それよりも遥か未来を示す西暦に我が眼を疑い、そして呆然としながらその場から立ち上がり、ふらふらと歩き出す。そんな彼の異常な状況に、モルフとミリオは黙って付いて行く事しか出来なかった。
「は、はは……80年、か……じゃあ、この車も80年後の物って訳か?」
地面の割れ目からよろけながら這い出たリチャードは、道端に壊れたまま放置されていた車両に近付き、開いたままのドアから車内を眺める。内装はプラスチックと合成皮革で覆われ、彼が知っている真鍮にメッキが施された物とは全く一致しない。だが、そのハンドルの中心には、母国を代表するメーカーのエンブレムが貼られていた。
「……ああ、訳が判らん……つまり、こういう事か? 17年に戦死した俺は、何かの影響で崩壊した80年後の世界ごと、この知らない国に飛ばされて来たって……そんな事……有るか?」
リチャードは呟きながら自分の手を見詰めてから後ろを振り返り、モルフとミリオの二人を眺める。
「……君達は、死後の世界の住人か? いや、違うな……頭の上の輪も、背中の羽根も無いからな」
彼はそう言うと自嘲気味に笑い、腕を回しながら背伸びをし、肩に提げたショットガンを手に取って装填された弾丸を確認して戻した後、腰のポーチから携行ナイフを取り出した。
「……じゃあ、俺は何なんだ……幽霊か? それとも……」
そう言いながら、携行ナイフを手の甲に当てて、引いた。
(……っ!? リチャードさんっ!!)
「……血だな。だったら……俺は動く死体じゃなさそうだ」
つっ、と傷口から僅かに鮮血が滴りモルフが小さく叫んだが、彼は慌てず携行ナイフをポーチに戻し、中からテープ状の止血帯を取り出して傷口に貼る。
「……絆創膏、か……便利なモノだな。判らないが、使い方だけは理解出来る……か」
彼はモルフの方に向くと、彼女が自分の言葉を理解出来る理由が少しだけ判った気がする、と告げた。
「……君はきっと、俺と同じように、ここへやって来たんだ。但し、その記憶は失われたか、何か理由があって忘れてしまったんだろう。俺は……あの日記を読んで、自分が80年後の世界と共に、ここへ来たと判った瞬間……あれが俺の知る飛行機じゃなくて、複雑な仕組みの回転する翼で飛ぶ、乗り物だと理解出来たんだ」
(……私も、リチャードさんと……同じ所から?)
「ああ、たぶんな。但し、ここで生まれたと思う程幼い頃に来たのかもしれないが」
二人の会話が理解出来ないミリオは、不安げな顔で事の成り行きを見守っていたが、そんな彼にリチャードは微笑みかけてから、
「……ま、そんな事の仔細はいつか判るさ。それより俺も君も、そしてミリオも……腹が減るし眠くなる。なあ、そうだろ?」
と、モルフに問いかけた瞬間、彼女はミリオとリチャードの顔を見比べてから、
(……そうですね、私もミリオもリチャードさんも……みんな同じです!)
そう締め括り、嬉しげに眼を細めた。




