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第1章 第7話 両親

「ただいま」

「光輝、ちょっと来い」



 バイトが終わり家に帰ると、父親が俺を呼び止めた。うちの両親は出来の良い大樹にしか興味がなく、俺を気にかけることはない。その興味のなさと言えば、俺の出身大学を知らないほどだった。そんな奴がわざわざ俺に声をかけるなんて普通じゃない。少なくとも元々の時間軸では起こっていなかっただろう。



「なんだよ急に……」



 手も洗わないままリビングに向かうと、全てを察した。父親に母親。それに大樹までもがテーブルに座っている。チクりやがったな……どんだけダサいんだか。



「光輝。彼女ができたか何だか知らないが、大樹をダシにしてまで良いところを見せているそうだな。みっともないと思わんのか」

「お兄ちゃんでしょ? 弟を傷つけてそれでいいの?」

「……はぁ」



 くだらない。どうして兄ということだけで弟の横暴を受け入れなきゃならないんだ。それに大樹の言い分だけを聞いて……まぁ弁明したところで無駄だろうが。



「何を生意気にため息なんかついてるんだ! お前に厳しく言っているのは、お前が駄目だからだろ!? 悔しかったらそんな卑怯な手じゃなく、勉強や運動で正面から勝ってみせろ!」

「まさか弟が狙っている相手だから告白したんじゃないでしょうね。お母さん浮気なんて絶対に許さないんだから!」

「……はは」



 ここまで来ると笑えてくる。大樹の浮気を応援していたくせにどの口が言ってるんだか。まぁとりあえず。



「なんだ、大樹。咲のことが好きなのか?」

「あ? んなわけねぇだろあんなブス女。俺はあいつが社長令嬢だから構ってやろうと思ってただけだよ」



 適当に煽ってみたら、思ったより思春期。聞いているこっちが恥ずかしくなる。



「なに? その子は金持ちなのか?」

「まぁもったいない! 光輝なんかより出来の良い大樹と付き合えばいいのに」



 そして両親のこの態度。失礼この上ない。こんな奴らに今まで騙されてたのかと思うと寒気までしてくる。まぁこいつらが俺に厳しく、大樹に甘いのなんて今に始まった話ではない。だからこそ社会人になってからは職場が近所なのに一人暮らしを始めたのだが。



 まぁいい機会だ。この40代後半の両親に教えてあげよう。10年後の彼らの悩みを。



「確かにな。俺より大樹の方が社長令嬢の彼氏にふさわしいのかもしれない」

「そうでしょう? わかったら大樹に彼女を渡しなさ……」


「いいんだな? 母さんはそれで。普通の家出身の大樹が良いとこのお嬢さまと付き合ったら、将来的に大樹は相手の家に婿入りすることになるわけだが」

「そ……それは……!」



 今さら気づいたのか。まぁ息子が2人ともまだ子どもなのだから仕方ないとも言える。子どもを使ってお人形遊びするのも。でもそれができるのは、残り10年もない。



「良家との関わりができれば金銭面では安心かもしれない。老後は安泰だろうよ。でもそれだけだ。息子は家に帰ってこないし、孫に会える機会も少ない。厄介払いのように老人ホームに入れられて終わりだ」

「何が言いたいんだ大樹。親に向かって偉そうに説教でもしてるつもりか?」



 説教? 違う違う心配してるんだよ。なんて心にも思っていないこと、営業トークですら言いたくないが。



「そう思うならそれでもいいよ。でもその未来は、10年後20年後必ず訪れる。父さんたちが散々甘やかしたかわいい末っ子が介護なんてしてくれると思うか? 体調を心配して様子を見に来るか? 寂しいだろうと孫を連れて遊びに来てくれるか? ありえないだろ」

「……何が言いたいんだ」



 自分でもわかっているのだろう。大樹はそういう人間ではないということに。つまり言いたいことは一つ。



「恩を売る相手を間違えてるんじゃないかって話だよ」



 普段のクソ両親ならこんな偉そうなことを言ったらさっきまでのように言い返してくるだろう。でも今それができていない。つまりはそういうことだ。



「弟様と違って出来の悪い長男は突飛な行動なんてできない。社会的な普通を考えて盆や正月は帰省するだろうし、親の体調が悪ければ面倒も見るだろうな。でもそれは俺の意思次第。クソみたいな両親にはもう二度と会いたくないな。そう思うだけで絶縁は叶う。当然奥さんの紹介はしないし孫の顔なんか見せない。介護が必要になっても連絡先すら教えないんだから手伝わない。葬式や墓の管理だってしない。それでもよければ弟だけかわいがっていればいいんじゃないか? 俺はどっちでもいい」



 語り終えると騒がしかった家の中はすっかり静寂に包まれていた。俺の普段からの変わりように驚いているのだろうか。いや違う。こいつらにあるのは、自己保身だけだ。



「……親を脅迫してるつもりか?」

「そうよ! 私たちは家族でしょ? なのに絶縁だなんてそんな……」

「脅迫じゃない、可能性だ。ただ彼女を作っただけでこんなに怒られたら、いくら家族だと言ってもやってられないよ。それが今後も続くなんて考えたら家から出たくなるのは当然だろ?」



 ……これを当時言えていたら。10年前、親は絶対だった。反抗したら高校を辞めさせられるかもしれない。暴力を振るわれるかもしれない。そう思うと何もできなかった。



 でも大人になってからわかった。普通の親は、それができない。子どもが大事だからではない。世間体が大事だからだ。



「家族とはいえ、最低限の礼儀は必要だと思う。確かに大樹にも父さんや母さんにも酷いことを言った。でもそれは、言っていいと思ったからだ。あんたらが俺を嫌うなら、俺だってあんたらを嫌いになる。関係を改善したかったらお互いを大事にしないとな」

「おい待てよ兄貴! まだ話は終わってねぇぞ!」

「……いや、いい」



 話し終えて自室に戻ろうとすると大樹が引き止めてきた。そしてそれを父親が止める。老後のことが不安になったか。だがそれをするには遅すぎる。俺とこいつらの縁は、10年後で切れている。これから何が起ころうと、咲の浮気を歓迎していた事実は消えない。



 父親母親が気にしているのは未来だろうが、俺が考えているのは今この時のことだけ。これで大樹は両親からも一歩引かれる。学校、友人、家族。全てが引いた今、こいつに残っているのは何だろうか。それを考えると笑みが抑えられなかった。

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[良い点] この説教が効くってことは、優秀(笑)な弟は自分らを見捨てるだろう、という実感はあるんだろうな。 まあ自分らのしていることや優秀ゆえに下を見下している弟を見ていりゃ、金や地位的に下の自分らは…
[良い点]  ほんとにねぇ。  あの頃今の人生経験と知識を持ってたら、って誰しも思うよねえ。  何はともあれ主人公良くやった。  親であれ兄弟であれ言うべき事は言わないと。
[一言] いいねぇお兄ちゃん ヤッちゃって ヤッちゃって
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