第1章 第6話 屈辱
言うまでもないが、俺と大樹の仲は悪い。なので大樹は俺のバイト先を知らないし、何なら親からもらっている小遣いが俺の給料から出ていることも気づいていないだろう。気づいていたら絶対マウントとってくるし。だから偶然俺のバイト先のファミレスに来たというのは間違いないだろう。単純に学校から一番近いファミレスがここだっただけだ。
「ていうか先輩彼女いたんですね。モテなさそうなのに」
「まぁ彼女できたの昨日だけどね」
「あ~3年まで来たよ~? 弟さんと彼女を奪い合って喧嘩したってうわさ~」
「クソ……なんで俺には彼女いないんだ……!」
光の告げ口に暇を持て余したみんなが集まってくる。懐かしい感覚だ。大人になるとトラブルが起きたらみんな関わらないようにするからな。
「で、どうします? 彼女寝取るなんてシャレになりませんよね。話聞いておきましょうか?」
「いやいいよ。俺が直接行く。ひか……越前さん、伊達眼鏡持ってるよな? 変装だって言って」
「持ってますけど……え? なんでそれ知ってるんですか? まさかわたしのこと好きで……!」
「彼女できたって言ってんだろ。悪いけど少し抜けます。今日店長いないですよね?」
入社2年目の新人が突然サボるなんて許されないが、バイトとなれば2年目はそこそこのベテラン。暇だというのもあるし、あっさりと抜けることができた。
「うちの兄貴マジうぜーわ。彼女できて調子乗りやがってよ。クソ陰キャの分際で」
学校の制服を着直し眼鏡をかけて髪型を変え、大樹の席の近くに座る。どうやら奴は既にクラス内カーストのトップにいるようで、取り巻きっぽい男たちに愚痴を吐いている。
「でも寝取るってまずいんじゃねぇの? 兄ちゃん相手だと気まずくなるんじゃ……」
「はっ、問題ねぇよあんな奴と気まずくなったって。それに愛生咲には俺が先に唾をつけてたんだ。機械系の社長令嬢。ツラも身体もいい。あいつには勿体ねぇよ」
なるほど。だから咲と知り合いだったのか。どうやら大樹は俺にマウントを取るよりも、咲の家柄や容姿を気に入ったようだ。だとしたら尚更、許せない。
「大樹。何してるんだ? こんなところで」
眼鏡を外し、髪をかき上げ、制服を崩してから大樹の前の席に腰かける。時と場合を考え容姿を整えるのは社会人の常識。こんなだらしない格好で人前に出るなんて恥ずかしくて仕方ないが、こういう馬鹿共はなぜか制服は着崩せば着崩すほどかっこいいと思っている。教えるならこれが一番だ。取り巻きに、俺と大樹の関係を。
「兄貴……なんでここに……!」
「いいだろ別に、部活もやってないんだから。それより部活はどうしたんだ?」
「あ? それこそいいだろ別に。俺はお前と違って。練習しなくてもレギュラーになれるんだから」
「だからってあんまり感心しないな。ごめんね、大樹のお友だち。悪い奴じゃないからさ、仲良くしてあげてね」
「おいやめろよ兄貴!」
「挨拶はしておかないと駄目だろ?」
どんなに悪ぶっている奴でも、母親と一緒だとなぜかダサく見えるものだ。口うるさく注意することによって、取り巻きに大樹の家での様子を想像させる。きっとこいつらにはこう見えているだろう。兄に頭が上がらず、外で愚痴を言うしかない普通の男子高校生に。
人の顔は一つではない。家で学校でバイト先で彼女の前で。それぞれその場にふさわしい別の顔を見せている。そして別の顔を晒すのは恥ずかしいものだ。家で学校のノリは出せないし、普段の彼女とのやり取りを家族に見せるなんて26の俺でも御免被る。それを表現した。どれだけの屈辱かは、誰にでも想像がつく。
「で、咲が何だって? お前も咲のこと好きなのか?」
「んなわけねぇだろ。兄貴のおさがりなんかいらねぇよ」
そしてここで本題に入る。ここで大樹がどれだけイキろうが、周りからは照れて誤魔化しているようにしか見えない。
「まぁ何でもいいよ」
そしてもちろんここで終わらせるわけがない。大樹にはとことん友だちの前で恥をかいてもらおう。
「咲がお前なんかを好きになるわけないからさ」
普段大樹が散々してくる侮蔑を、俺がしてやる。大樹は何も言い返せないはずだ。いや、言い返してくるならそれでいい。現状大樹が何を言ったところで負け犬の遠吠え。咲が俺の彼女だという事実は覆らないのだから。
「まぁせいぜいがんばれよ。応援してるよ」
そして取り巻きの前で大人の余裕を見せつけながら馬鹿にし、俺は立ち去る。表情なんか見る必要もない。悔しくて悔しくて仕方ないだろう。わかるよ。俺もずっと、その気持ちだから。
だからこそ、勝つ。それこそが俺が過去に戻ってきた理由だ。