第5章 第7話 水も滴る犬2匹
五十嵐大樹。現在の職業はミュージシャン。『EVIL』というインディーズバンドのギター担当。『DAIKI』という名前で活動しており、まだ公表されていないがパーさん原作のアニメで主題歌を担当……か。
「とりあえずおめでとう……って言っとけばいいか?」
「思ってもねぇ言葉なんかいらねぇよ」
俺の記憶にある25の大樹より派手な髪型をした大樹。これ以上この雨に濡れればせっかくセットした髪型が無駄になってしまうだろう。俺だってそうだ。店内に戻るのにびしょ濡れになるわけにはいかない。つまり、お互い長居するつもりはない。
「兄貴はなんかいいことあったかよ」
「ああ、近い内に忍と結婚する」
「そっか。おめでとう」
「思ってもない言葉なんかいらないよ」
「結婚式の余興でなんか歌ってやろうか」
「俺がお前を呼ぶと思ってんのか」
「わかってる。冗談だよ」
「来たいって言うなら誘ってやってもいいけどな」
「行かねぇよ。お前の幸せな姿なんか見てたまるか」
「あぁそう」
久しぶりに会っても腹が立つ。やっぱり好きじゃない。なんかわからんけど成功してんのも気に入らない。むしろ何が起きたらあの65の大樹が生まれるんだ。
「あ、それと咲に会った。お前と復縁したいってさ」
「咲? 誰だっけ?」
「俺から寝取った女だよ」
「あーいたなそんな奴。断っといて」
「連絡先知らねぇよ。お前の実家がある田舎に行ってたからお前が何とかしろ。俺はもう両親とは絶縁した」
「俺ももう五年近く会ってねぇから行きたくない」
「そうかよ。一応伝えといただけだ」
「はぁん」
さて、話すことなくなった。もういいか。こんな奴より滅多に会えない翠やパーさんと話したい。
「じゃあ俺行くわ。呼び出して悪かったな」
「いや、暇だったから」
「あぁそれと最後に……なんで成功できた? ギターなんか触ったことなかっただろ」
「別に成功してねぇよ。まだアニメの主題歌やることになっただけだ」
「充分成功だろ」
「お前と比べたら全然だよ。……だからかもな」
「は?」
「敵いもしないのに俺に縋りついてくる兄貴がうざかった。ずっとお前を振り落とすことしか考えてなかった。でも高校生の頃お前から逃げ出して……何でか知らないけど学校に行ったら殴られて……お前に明確に負けた。それからだ。兄貴のことを気にしないでよくなったのは。お前が俺に拘るのをやめてから……俺はようやく俺の人生を歩き出せた」
「…………」
「だから今の俺があるのはお前のおか……兄貴のせいだよ。高校を中退して、バイトして、ギター初めて……。今もバイトで食いつなぎながらだけど、音楽で金をもらえるようになった。幸せとは言えないけど、でも……あれだな。生きてるって感じがする」
「……そっか。よかったな」
「よくねぇよ。明日も朝からバイトだ」
「ちゃんと真面目に働けよ」
「真面目になんか働いてたまるかよ。楽して金持ちになってやる」
「いつかスキャンダルで引退すればいいのに」
「兄貴こそ気をつけろよ」
「俺は悪いことはしないよ。お前と違ってな」
「悪いな。俺は悪事をしても見つからないようにする」
「だからお前が嫌いなんだよもっと正直に生きろ!」
「俺はお前と違って誰かの助けなんかいらないんだよ。実力で全部勝ち取ってやる」
「この……だいたいお前はなぁ!」
「あん? 兄貴だってよぉ!」
大樹と話し終え、みんなが待つ店内へと戻る。
「うわどうしたの光輝くん! びしょびしょだよ!?」
忍が俺の姿を見て慌てる。あぁそうだな。ずいぶんと長話をしてしまった。意味のない長話を。
「やっぱあいつ……嫌いだ……!」
結局いつまで経っても変わらない。嫌いな奴は嫌いなまま。でもそれ以上でも以下でもない。俺の人生に関わることのない、別の道を歩く嫌な奴。
だから……そう。もう勝ち負けにこだわらなくてよくなった。
次回、最終回です。