第1章 第5話 バイト
「じゃあ私部活だから。また明日ね」
「うん、また明日」
テニス部の活動へと向かった咲を見送り一度ため息をつく。一度経験した人生とはいえ、慣れない環境というのはしんどい。そして勉強がわからない。高校時代は何でもいいから大樹に勝ちたくてそれなりに勉強をがんばっていたが、高校を卒業して約8年。見事にその努力は無に帰していた。仕事と違ってプレッシャーがないのはいいが、授業もそれなりに苦痛だった。そしてそれはこれからの予定も同じ。
「バイトか……」
俺は小学生から中学生までサッカーをやっていたが、高2の時嫌がらせでサッカー部に入部してきた大樹に、わずか半年でポジションを奪われていた。それに加え親から少しでも金を入れろと命令され、高校からは部活に入らず週に三度ほどこの付近のファミレスでキッチンのバイトをしていた。給料の半分は家……というより大樹の遊ぶ金に回され、それが大学卒業まで7年続いた。
そして今日は16時から21時までアルバイト。その間咲を無防備にしてしまうし、もうほとんど仕事は忘れているだろうが、社会人の悲しい性。仕事に穴を開けるのは心苦しい。なので俺はさっそくバイトに向かった。
「……おつかれさまです」
通い慣れ通い飽きたスタッフ用ドアからファミレスに入り、着替えを終えてさっそくキッチンに入る。
「ぅぃーす」
正直ここに来るまでかなり憂鬱だった。咲のことは気がかりだったし、仕事でミスをして怒られるのは当時の比ではないくらい怖い。だがその気持ちは、たった一言で吹き飛んだ。
「翠……!」
キッチンにはふさわしくない派手な金髪でダルそうに盛り付けを行うギャル。彼女は俺の、親友だった。
牛島翠。俺の同級生で、高校大学、さらにはバイト先と全てが被っている女子。しかし一度も同じクラスにはならなかったし、学部も違ったし、何より性格が正反対に近い。それでもなぜか馬が合い、お互いが一番の友人だと公言できるほどの仲だった。
「光輝くんおはよ~」
「忍さん……!?」
まったりとした声で俺の肩を叩いたふわふわした感じの女子、柴山忍さん。俺たちと同じ高校の一個上の先輩だ。実家が貧乏らしく、俺がバイトに行くとだいたい働いている。だが高校を卒業後は大樹と同じ大学に勉学での特待生として入学し、就職先も大手の研究職という見かけによらずかなりできる人だ。
「光輝くんゆっくりでいいよ。今日お客さん少ないから」
「パーさん……!」
俺たち高校生組よりもかなり年上の男の先輩……本名はもうずっと覚えていないが、パーさん。俺の10個上だったはずだから……今年27歳か。タイムリープする前の俺と同じ年齢だが、漫画家になるという夢を諦めきれずフリーターとしてキッチンのリーダーを務めている努力の人。
「……はは」
翠に忍さんにパーさん……。いつもはもう一人いるが、このメンバーはずっと同じ時間を過ごしてきた、同僚を超えた仲間たちだ。休みを合わせてパーさんの車でキャンプに出かけたり、大学生になった頃はパーさんの家で宅飲みをしていた。
そんな彼女たちも、最後に会ったのはいつだったか覚えていないくらい、顔を合わせていない。10年後もフリーターのパーさんは別だが、みんなそれぞれの道に進んで当たり前のように疎遠になった。寂しいし会いたかったが、声をかけることはできなかった。それが社会人というものだ。
だから涙が出そうになるくらい、嬉しい。過去に戻り、初めて感じたノスタルジー。結局この頃が一番楽しかったのだろう。将来のことなど考えもせず、ただ若さを浪費していた無為な時間が一番楽しかった。俺も歳をとったものだ……16歳だけど。
「ていうか今日暇すぎない~? キッチン四人も必要ないでしょ~」
「仕事なんだから手を抜いちゃ駄目だぞ」
「パーさんはもっとちゃんとした仕事見つけなよ。もう26っしょ? おっさんじゃん」
「26はおっさんじゃないっっっっ!」
話しながら、語りながら。ただぼーっと手を動かしていく。退屈で無意味な時間。この時間が、幸せだった。その証拠に細かいレシピなんかは全く覚えていないが、身体が勝手に動いていた。それだけ熱中していたのだろう。営業では5年目なのにまだミスをしてしまうというのに。
どうして社会人になったらこれができなくなったのだろう。正社員で責任を負っているからだろうか。それとも、それが歳をとるということなのか。
「せんぱーい」
そんな年寄り臭いことを考えていると、ホールから女子がキッチンに入ってきた。そうか、この頃はまだホールだったか。
「どうした? 光」
「は? なんで急に名前呼びなんですか? もしかしてわたしのこと狙ってます?」
「あぁそっか……ごめん、越前さん」
越前光。俺たちと同じ高校の1年生で、今が5月だから入ってきたばかりの新人だ。彼女はアイドル志望で、あと数ヶ月もすれば研修生としてアイドルの道に入ることになる。それをきっかけにホールからキッチンに移動し、この5人で多くの時間を過ごしてきた。だからこの時期はまだ仕事中に話しかけられるほど仲良くはなかったはずなんだが……。
「わたしと同じクラスの五十嵐大樹。先輩の弟さんでしたよね?」
「ああ、そうだけど」
そう答えると、営業スマイルを浮かべていた光の顔が曇った。
「……彼いま来てるんですけど、先輩の彼女を寝取る計画立ててますよ」
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