第5章 第3話 彼女
「これからどうしよっか~」
人も物もない。ただ無造作に自然が広がるだけの田舎道を歩きながら忍が訊ねる。
「ここにいるはずの大樹くんでも探しにいく~?」
「いや……あれから10年だ。大樹も家出てるだろ」
俺が知っている大樹の人生。それはこの何もない田舎での物語だった。ずっとここで暮らし、働き、生き、そして腐ったのが今から40年後の大樹。だがそれはあくまで俺が知っている未来の話だ。過去が変われば未来が変わる。あの日学校に取り残された大樹がどんな人生を歩んだのか。それは俺では知りようがない。
「そうだ! エージェントちゃんに大樹くんの居場所聞いてみたら~?」
「エージェントが知ってるのは知ってることだけだよ。全知全能ってわけじゃない。まぁ予測くらいはできるだろうけど根本がポンコツだからな。そういう方面じゃ頼りにならないよ」
「……ぶ~」
訊かれたことに答えただけ。だがなぜか忍は立ちどまり、頬を膨らませている。
「……どうした?」
「な~んか光輝くんエージェントちゃんのこと大好きみたい~……」
「そりゃ好きだよ。友だちだもん」
「そうじゃなくてさ~……光輝くんの彼女は私だもん! 他の女の子のこと一番の理解者みたいに言わないでほしい……」
「大丈夫だよ。忍への好きとエージェントへの好きは違うから」
「そうじゃなくて~……うう~!」
優しくポカポカと叩いてくる忍を軽くあしらいながら遠い駅までの道を歩いていく。……いや本当に遠いな。またエージェントにテレポートさせてもらうか……。
「あ、エージェントちゃんじゃダメでもご両親なら大樹くんの居場所知ってるんじゃない!?」
「いやついさっき縁切ったばっかなんですけど……」
「でも大樹くんに会いたいでしょ? 興信所でも居場所わからなかったみたいだし……やりたいことはやった方がいいと思うな~」
「……それも大丈夫だよ」
今度は俺が立ち止まる。それにすぐ気づいた忍が一歩先で振り返った。
「うわぁっ」
そしてその身体を優しく強く、抱きしめる。
「ど、どうしたの……!? 光輝くんからなんて珍しい……」
「大樹に復讐したいなら、俺は今ここにいない。勝つことよりも大事なものを見つけられたから、俺は今こうしてるんだ。だから……大丈夫」
誰も見ていないのをいいことに。言葉も交わさずに口づけを交わす。
幸せだ。そう。こうしているだけで満ち足りる。だからこれ以上なんて望まない。これ以外なんて必要ない。ただ好きな人とこうして一緒にいられるだけで……。
「……光輝くん?」
言葉を紡ぐ必要すらないほどの時間を堪能していた俺の耳に、声が届く。それは聞きなれた呼び名で、でも決して同じではないもので。とても不快な声だった。
「……咲」
過去も現在も別の世界線ですらも。いつだってこの女が、俺の未来を阻もうとしてくる。