第5章 第2話 けじめ
「よく来たね! ゆっくりしていってね!」
老人2人が薄汚れたコップにお茶を入れ、年中置かれているであろうこたつの上に並べる。ペラペラで変な臭いのする座布団に座ることもなく立ったままの俺と忍はただ用件だけを伝える。
「俺は彼女と結婚する。でもあんたらを結婚式に呼ぶつもりはないし、子どもができても会わせることはない。だからこれが最後の会話だ」
「ごめんなさい。でも光輝くんがそう言うなら、そうしてあげたいから。挨拶だけで許してください」
俺たちの話をまともに聞くこともせず、目の前の老人たちはせわしなく動いている。
「まぁまぁ。せっかくこんなところまで来たんだから」
「そうだ、貰い物の高いお菓子があるんだ。ちょっと待ってて……」
そう。こいつらは老人だ。俺の両親じゃない。正確には、両親の面影がない。
たった10年でこんなにも変わるものかと思うほどに、年老いている。元の歴史の姿とは比べものにならないほどに、年老いている。これがこの時代の。俺から逃げ出した両親の姿か。
訊きたいことはいくらでもあった。今何をしているのか。どんな仕事をしているのか。体調や病気……俺を捨てた後どんな人生を送ってきたのか。一応この2人の子どもだから。縁を切るつもりだったとはいえ、気にしていたんだ。
「……こんなものか」
だが実際に会ってみると、全ての不安は消え去った。たまたま同じ電車に乗り合わせただけの老人の人生なんて誰が気にするだろうか。その程度、なんだ。それ以上の感想が、浮かんでこない。
学生時代。あんなに大きかった大人の背中が、信じられないくらい、小さい。
「じゃあ俺たち帰るから」
「ま……待って……」
「……一応これ、手切れ金」
懐からそれなりの厚みのある封筒を取り出し、埃の溜まったこたつの上に投げ捨てる。すると奴らはこちらを一瞥することもなく封筒に飛びついた。
「……行こう」
「う、うん……」
その姿をそれ以上見ることもせず、俺たちは家とも呼べない何かを後にする。
「忍、目と口閉じて」
指示通りにピン、と立った忍に消臭スプレーをかけ、次に俺にも吹きかける。これで全て消えてくれただろうか。あいつらと同じ空間にいた痕跡は。
「……光輝くん。光輝くんがいいなら私はいいんだけど……」
「いいんだよ。せっかくの人生なんだ。嫌いな奴と一緒にいる時間なんて必要ない」
この程度。この程度なんだ。たとえ肉親だとしても関係ない。関わる相手は自分で決めていいんだ。
「……じゃあな」
だから俺は今生の別れを済ませ、新たな家族と家路に着いた。
もしかしたら両親にはもっとひどい目に遭ってほしいと思う人もいるかもしれません。でも光輝くんにとって両親は、ただ血が繋がっているだけの存在でしかありません。だからこれだけでいいんです。この程度の存在なんです。そしてそれはどんな人も同じでしょう。劇的な別れなんて必要ないと、私は思います。