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第4章 第12話 金の未来 銀の未来

「俺が落としたのは金の斧だ!」



 誰よりも早くそう叫んだのは大樹だった。俺へと近づきながら、歪んだ顔で大樹は笑う。



「公平な勝負? 馬鹿か! 勝てば何でもいいんだよ! それができないからお前は俺に! 負けるんだ!」



 そして大樹は両腕を高く振り上げる。俺を殺しても構わない。言葉には出さずともその圧が伝わってくる。エーからもらった斧で、俺を殺そうという圧が。



「まぁ、斧がなければ意味ないんだけどな」



 大樹が振り下ろした腕が空を切る。斧がある前提で動いたせいで身体のバランスを崩した大樹が俺の隣に転がった。その顔が見られなくて残念だ。俺の瞳には、あいつしか映っていない。



「あなたが落としたのは金の斧ですか? それとも銀の斧ですか?」

「俺が落としたのはお前に会うための斧だよ、エージェント」



 瞬間俺の両手にエージェントが持っていた金銀の斧が移送された。……重い。たとえ振りかぶらなくても、当てるだけで人なんか容易に命を奪われてしまうだろう。



「……何が平等だよ」



 その重みに耐えかねていると、地面に倒れたまま俺を見上げていた大樹が口を開けていた。



「記憶を消去した!? 嘘つけよ! 初めからお前だけが武器を手に入れるつもりだったんじゃねぇか!」



 ……大樹の目にはそう映っているのか。歳とりすぎて忘れたか? 遥か昔の話を。



「エージェント、どうして俺に斧を渡したんだ?」

「あなたが正直者だからです」


「エー、どうして大樹に斧を渡さなかったんだ?」

「あの方が嘘つきだからです」



 つまりはこういうことだ。俺は金銀の斧を大樹に向けながら教えてやる。



「お前は俺に勝とうとしたんじゃない。俺に勝つことが目的だったから負けたんだ」



 勝利には理由が必要だ。その結末に到達するまでの過程がなければ、それは勝利とは言えない。だが大樹はその過程を飛ばそうとした。俺に勝てるだけの実力を身に着けるのではなく、あらゆる手段を使って俺の上に行こうとした。そんな卑怯な奴に勝利の女神が微笑むはずもない。



「そして俺がお前に勝ったのは偶然でも意図的でもない。勝てるから勝ったんだ」



 正直にコツコツと。勝つための努力を続けてきた。だからこそこの結末に到達できたんだ。



「おい……待てよ……待て……!」



 あいつが両腕を想定した右手の金の斧を振りかぶると、尻もちをついたまま大樹が後退する。



「俺はまだ負けてない……! 負けてないんだよ……お前は勝ってない! それなのにいいのか……俺を殺して! おいっ!」

「……それは命乞いか? 命乞いならもっとふさわしい言葉があるだろ」


「わ……悪かった! 今までのことは全部、謝るから……なぁ、ごめんなさい!」

「ごめんなさいで済むならこんなことになってないだろ? お互い。俺たちは互いを許せなかった。過去に戻って復讐したいと思うほど、お互いが憎かった。だから俺たちは俺たちを許すことはないんだよ」



 それでも、だ。



「俺が憎んでいるお前は、お前じゃない」



 斧を地面に下ろしながら言う。仇でも何でもない、ただの憐れな老人に。



「俺の敵は25歳の大樹だ。お前の敵も67歳の俺だろ? お前なんかに勝ったところで意味なんかないんだよ」



 結局初めから間違っていたんだ。過去に戻ったのは偶発的だったが、そこで過去の大樹に勝ったところで何の意味もなかった。何も満足できない。こんなもので終われない。ちゃんと正々堂々勝たないと、俺は勝ったと叫べない。だから。



「エー、そろそろ記憶戻ったか?」

「はい、少し前から」



 この大樹と同じ時代……50年後の世界からやって来たエーに頼む。



「大樹の意識を、元の時代に戻してやってくれ」



 これで全てが終わる。後は俺も未来に戻って……。



「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 初めて見る……かもしれない。泣き叫んで、駄々をこねている大樹を見るのは。



「もう無理なんだよ! 65なんだ! ジジィなんだよ! 今さら何も変えれない! 元には戻れない! お前に勝てるわけがない! 嫌なんだ! このまま何も成し遂げられずに……何にもなれずに死ぬのは! 嫌だ! 嫌だぁぁぁぁぁぁぁ……!」



 ……その苦しみは俺にはわからない。俺が2倍生きてもまだ到達できないほどの老い。その絶望がどれほどのものかなんて、俺には想像もつかない。それでもこれだけは言える。



「チャンスは誰にも平等にある。お前にも斧を手に入れられるチャンスがあったように。それを掴む努力もしないまま死んでいくのは……お前が負け犬だからだろ」



 俺は違うぞ。たとえ60歳になったって。きっとまだこう叫んでいることだろう。



「俺は必ず勝つ。元の時代に戻って、俺を嵌めた大樹に勝ってみせる。だから伝えておくよ。10年後のお前に。悔しかったら勝ってみせろ、ってな」



 次の瞬間、泣きわめいていた大樹の身体が急に倒れた。まるで意識を失ったかのように。



「……光輝様」

「……どうした、エー」



 そして大樹の意識を奪ったであろうエーと、最後の会話をする。



「私も伝えておきますよ。未来の光輝様に。あなたは昔から、かっこよかったって」



 エーの身体が水の中に消えていく。やがてその笑顔も水の中に溶けていき。



「……終わったな」



 俺の五十嵐大樹という人間への初勝利は幕を閉じたのだった。そして同時に真の俺の敵、10年後の大樹への挑戦が始まった。

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