第4章 第10話 翠 2
〇未来
「み、翠……!?」
「よ、光輝」
家の鍵を開け、突如リビングに入ってきた人物。それは俺の親友、牛島翠だった。
「なんで俺の家に……!?」
「光輝の家の近く通りすがったから来てみただけだけど……お邪魔だった?」
「いや別に……ていうか鍵はどうしたんだよ……」
「普通に開いてた。不用心すぎじゃない?」
な、なるほど……普通に閉め忘れか……にしても……。
「なんか雰囲気変わったな……」
「そ? まぁあたしたち大学卒業以来会ってないしね。27にもなればこんなもんでしょ」
「まぁそうっちゃそうだろうけど……」
にしても変わりすぎている。ギャル感丸出しのイケイケな金髪は綺麗な黒色に染められており、長さも肩の辺りまでで抑えられている。それに服装も白いブラウスにロングスカートっていう綺麗めというか清楚というか……翠の名前が出ただけ自分でも奇跡的だ。
「これ割とマナー違反だけど……今何してるんだっけ?」
「ん? 教師。高校の」
「教師!?」
本当に失礼だが驚いてしまった。あの翠が教師か……同じ大学通ってたはずなのに気づかなかった。どの学部かはまるで覚えてないけど、教育学部はうちの大学にはない。となると普通に教育免許取ったのか……。いや、過去が変わったからこの翠があるのかもしれない。何にせよ意外というイメージは変わらないが。
「言っとくけどあんたのせいなんだからね。あたしが教師になったの」
「俺ですか……?」
「配信者始めるまではかなり不憫だったでしょ? 弟と比べられて、色々上手くいかなくて。かと言ってあんたの苦しみなんて他人にはわからない。親の贔屓とか学校でどういう扱いだったのか。あたしは知ってるけど、知ろうとしなきゃ知らなかった。でもきっと世の中にはそれを誰にも話せない子どももいる。他人にとってはくだらないことでも、当事者にとっては人生がかかった大切な問題。その苦しみを少しでもわかってあげたいなって思って教師なんかになっちゃった。薄給激務で辞めたいけどね」
「……じゃあ、一緒に配信者やる……?」
「んー……パス。辞めたいけど、いざ辞めるってなったら色々あるしさ。大人の世界って面倒だわ」
「まぁ……そうだろうな」
本当に驚きだ。あの翠が、こんなにも大人になっているなんて。でも聞いてみると、不思議と違和感はない。過去の出来事が未来へと繋がっている。こうなってくると元の世界ではどんな大人になっているか。知ろうとしなかったのが悔やまれる。
「で、弟さんとはどうなったの? 仲直りした?」
「いや仲直りは……してないだろうな。仲直りしろって言ってる?」
「どっちでも。まぁ仲直りできるに越したことはないんだろうけど、縁切りしても人生にはほとんど関係ないからね。あたしも1年くらい家族に会ってないし。そんなもんでしょ、家族なんて」
「……そうなんだろうな」
俺には普通の家族がわからない。元々大学に入ってから一人暮らしを始め、それから実家に帰った記憶はほとんどない。親不孝だと言われても仕方ないが、普通の家庭の翠でもそうなら。案外そんなものなのだろう。
「じゃあなんだっけ? 弟に勝つだっけ。それはもうどうでもいいんだ」
「さぁ……どうだろうな」
この未来に到達している以上、俺の知らない過去で大樹には勝っているのだろう。別に常に勝っていたいなんてマウントを取るつもりはない。一度でも勝って自信をつけられているのならそれでいい。俺にその記憶がないことが問題なんだが。だから。
「あと一回。一回だけ勝たせてもらうよ。それさえできればいいや」
「ふーん。まぁそれならいいや。昔無責任な励まししちゃったからさ。ちょっと気になっただけ。覚えてるでしょ? あたしがあんたの家に行った時の話」
「あー……覚えてる覚えてる」
「覚えてないでしょ、別にいいけどさ。こんな感じのこと言ったんだよ。そのまま勝つための努力を続けていればいつかは勝てるって。だから特別な対策なんて立てないでいいって」
その記憶は俺にはない。となると変わった未来のその過去で起こった出来事なのだろう。なるほど……。
「確かに無責任だな」
「励ましなんてだいたい無責任なもんでしょ。だからもう一回無責任。大丈夫だよ、あんたならもう弟に勝てる。だから勝負する時がきたら、自信もってやんなよ。もし負けたらあたしが話聞いてやるから」
「……そんなこと言われると、負けたくなるな」
「はは、確かに。昔は会えないくらいがちょうどいいと思ってたのにね。いざ大人になってみると……さみしいよね、ちょっと」
本当に。本当に少し、さみしい。でも。
「じゃあ次会う時は俺の勝利祝いだ。絶対連絡するよ。そうしたら、会おう」
「……だね。会いたくなったら会えばいいんだ。簡単なことだね」
簡単なこと。その通りだ。こんな簡単なことなのに、大人になったらできなくなる。でも大人だからな。一度した約束は、早々取り消せない。
「絶対に……勝たないとな」
俺にはみんながついている。27年間も努力してきた。大丈夫。絶対に勝てる。後はその時を待つだけだ。
お待たせいたしました。次回ついに勝負の開始です。大樹くんと咲ちゃんとの決戦となります。よろしければお付き合いください。