第1章 第4話 イメージ
「よぉ、兄貴」
咲と二人教室で昼食をとっていると、菓子パンを手に大樹が近づいてきた。その表情はニヤニヤとしたもので、俺を見下している態度が見え見えだ。
「聞いたぜ、咲ちゃんと付き合ったんだってな」
理由付けのように用件を告げると、大樹は空いていた咲の隣の椅子を持ち出し咲の隣に座る。上級生の教室だというのに何の遠慮もない。
「やめとけよそんな奴。そいつと付き合ってたら咲ちゃんの評価まで下がっちまうぜ?」
そしてあえて大声で、俺と付き合うことを反対してきた。大樹の目的はこれだろう。クラス内カーストの低い俺たちを公衆の面前で貶める。俺を見下さないと生きていけない大樹らしい行動だ。だがそれ以上でも以下でもない。わかっていないんだ。この歳の大樹には。一挙手一投足、行動には意味を伴うと。
「他人の評価なんてどうでもいいだろ」
大樹からしたら二人の時間を邪魔しに来たのだろうが、俺は違う。あえて大樹を誘き寄せ、伝えるんだ。咲とそして、クラスの連中に。五十嵐大樹とはどういう人間かを。
「俺は咲ちゃんが好きだから告白した。咲ちゃんも俺が好きだから告白を受け入れた。それで話は終わりだ。お前は周りに自慢するために彼女を作るのか? 大樹。別にお前が彼女をトロフィー代わりにしたところで興味はないけど、俺たちは違う。お前みたいなキョロ充と一緒にするな」
大樹は有名人だ。イケメンだしコミュ力は高い。学校で知らない奴はいなかった。だがそれは26歳の俺が高校生活を振り返った時の印象に過ぎない。現時点。大樹が高校1年生の5月の時点では、そうではない。せいぜい地味な兄とは違い派手な弟がいるな、程度の認識だろう。
だからそこにレッテルを貼る。あえてわかりやすい言葉を使い、五十嵐大樹は典型的な風見鶏だとイメージ付ける。その第一印象を塗り替えるにはかなりの時間を要するし、何より。大樹のプライドを傷つけられる。
「てめぇ……誰がキョロ充だって……!?」
作戦通り。リア充の大樹をキョロ充呼ばわりしたことで、奴の怒りを買うことができた。家の中ではそれでいいのだろうが、ここは2年生のクラス。馴染めていないとはいえ、俺のホームグラウンドだ。
「そうだろ? 高校に入った途端そんな髪染めちゃってさ。まぁお前の自由だけど」
「お前……彼女ができたからって調子に乗んなよ!」
「ははっ。彼女ができると調子に乗るってなんだよ。もしかして大樹、モテたいからそんな髪してんの? 別に彼女がいようがいまいが、人の価値は変わらないぞ? 大樹くんにはわからないかもしれないけど」
「てめぇっ!」
椅子をなぎ倒しながら大樹が俺の胸ぐらを掴んでくる。本当にわかってないな。その行動がどんな意味を持つかってことに。
「ちゃんと倒した椅子は直しとけよ。周りに迷惑をかけるな」
リア充とDQNは違う。爽やかなイケメンなら人気も出るが、粗暴な不良についてくる奴なんざ馬鹿な女だけだ。少なくとも俺のクラスメイトには、五十嵐大樹という人間は暴力的なDQNだというイメージをつけることができた。そしてその噂はどんどん広がる。ましてや兄に彼女ができた直後。話の肴にはちょうどいいだろう。加えて。
「咲、悪いけど先生呼んできてくれ。弟が迷惑をかけたこと、謝らないとな」
「……チッ」
先生の名が出た途端、大樹は俺の胸ぐらを離して教室を出ていった。大樹は頭がいい。暴力沙汰が内申に影響が出ることくらいわかっている。だが今気にするべきは将来じゃなかったな。暴力的なのに、教師にチクられるのは嫌だ。そんなダサいDQNの誕生だ。
「ごめんな、咲ちゃん。クラスのみんなも。悪い奴じゃないんだよ、うちの弟。ちょっとイラついてたみたいだ。忘れてくれるとありがたい」
そして俺は大人の余裕を見せつける。これで咲にも見せつけられただろう。大樹と付き合ってもロクなことはないと。出だしは上々。だがこんな程度では終わらせないぞ。俺の10年間の復讐は。徹底的に、あいつのプライドをへし折ってやる。