第4章 第7話 変わるものと変わらないもの
〇過去
「ただいまー」
家に帰りそう言ったが、返ってくる言葉はない。当然だ。俺の家族は田舎へと逃げ出したのだから。今は親戚からの援助と広告収入、それとこれからなくなるがバイト代で暮らしている状況だ。まぁ家族がいても返事なんかなかったから何とも思わないが。
「……あれ?」
誰もいるはずがないリビングに向かうと、なぜだか夕食が置かれていた。親戚……は来るなら連絡してくるだろうし、忍なら言ってくると思う。となるとここを撮影場所にしている光だろうか。でもあいつ今日俺よりバイト終わるの遅かったような……まぁいいか。
「んん……?」
いや全然よくない。何か忘れている気がする……というか……付け加えられているというか……。都合がいいように上手く繋がれてるような……そんな気がする。まぁ気がするだけといえば気がするだけ。女神様がいるわけでもあるまいし。気のせい気のせい。
「ただいまでーす」
「え? 光?」
とりあえずさっさと夕食を食べてしまおうと思っていたところに、ちょうど光がやってきた。家の鍵渡してたか……? なんか最近記憶があやふやだな……。
「これ光が作ってくれたの? ありがとう」
「あー……ですです。たぶん美味しいですよ。愛情たっぷりでしょうから」
なんか光も曖昧な返事だな……それよりも。
「どうしてうち来たんだよ。これから撮影だっけ?」
「いつでも好きな時間に帰れるのにまだ帰ってきてないってことは何か事情があるわけで。イレギュラーには対応できるようにしといた方がいいじゃないですか」
「帰る……? うちの家族のこと……?」
「こっちの話です。それに、今の先輩が見られるのも貴重ですから」
本当に意味がわからないが、普通に俺の正面に座ってコンビニ弁当を食べ始めたので追及するタイミングを失ってしまった。
「ん、美味しい! 光って料理できたんだな。キッチン入ってまだ1ヶ月くらいだろ」
「美味しいようで何より。……ていうか先輩テンション高いですね。高いっていうか……まぁ大人になれば落ち着くか……」
「別に俺は普通だけどな。光こそなんか最近テンション低い気もするけど」
「こんなもんですよ。若いっていいなぁ」
そして年寄りくさい台詞を吐く始末。なんかまるで別の世界線に入り込んでしまったかのようだ。
「実際のとこどうなんです? 大樹くん。いっつも勝ててないですけど」
「なんでそんなに大樹にこだわってんの?」
「先輩に言われる……? まぁそうですね……ちょっとした好奇心です」
「別にな……。そりゃ勝てなくて悔しいけど……でもしょうがないかってあきらめてる自分はいるよな……間違いなく。10年前とかに戻って小学生からやり直せたらなーとかは思うよ」
「はは、ウケる。まぁでも実際そうですよね……今勝てないなら過去に戻って。誰もが妄想する話です」
「でも実際時間ってのは強いよ。こういうのって積み重ねだからさ。同じスタートラインからやり直せたらってのはどうしてもあるよな……どうせ過去に戻っても自分が変わらなきゃどうしようもないんだろうけどさ」
たとえばもし……10年前に戻れたとして、俺は大樹に勝てるのだろうか。勝てるだけの努力をするのだろうか。するとは思う。するとは思うけど……どうせ勝てないのだろうと思ってしまう。
「でもちょっと意外。もっと大樹くんに執着してると思ってたんですけど」
「してる方だとは思うよ。でもなぁ……」
「言いたいことはわかりますよ。こういうのも積み重ねですから。時間が経てば経つほど、差が開けば開くほど、それだけ想いも積み重なっていく。10年後ならもっと。50年後ってなったら……想像もできません」
「50年後って……還暦過ぎたらさすがに落ち着くだろ」
「どうですかね。大人も子どももそんな変わりませんよ実際。そりゃ多少落ち着いたりはするでしょうけど……根っこの部分は一緒っていうか。大人になればなるほど自制ができなくなるっていうか。いるでしょ? 大人になったら勝手に結婚してるんだろうなって思ってる人。でも結局変わろうと思わなきゃ、いつまで経っても変われないんですよ」
「なんか深いな……彼氏できた?」
まるで酒でも飲んでいるかのようなしっぽりとした話しに素直に感心していると。突然家の鍵が開く音がリビングにまで届いてきた。
「……先輩、下がってて」
「いや泥棒とかじゃないって。大樹か両親だろ。光のことは俺が説明しとくよ」
「だったらいいんですけどね……」
なぜか緊張した面持ちで立ち上がる光。俺もとりあえず立ち上がると、ほとんど同じタイミングでリビングの扉が開いた。
「お……お前は……!」
そこにいたのは……!