第4章 第5話 変わらない過去
〇過去
「俺バイト辞めるわ」
「……は?」
途中で休憩がとれなかったのでタイムカードを切る前に休憩室で時間を潰していたところ、光がやってきたので俺はそう伝えた。
「……一応理由聞いときます」
「理由って……当たり前だろ? 俺たちのチャンネルもかなり軌道に乗り始めたしさ、バイトより動画上げた方が稼げるじゃん。光も辞めて動画に集中しようぜ」
至極真っ当な理由を告げると、光は椅子に座ることもなく正面からテーブルに身を乗り出してきた。
「……それ、本気で言ってますか」
「めちゃくちゃ本気だけど……光は違うの?」
「お金の面ではそうかもしれませんけど……いいんですか? わたしや忍先輩はともかく翠先輩やパーさんに会う機会がなくなるじゃないですか」
「んな大袈裟な……。会おうと思えばいつでも会えるじゃん」
「そうじゃないでしょ!? この時間がどれだけ貴重で大切かなんて……先輩が一番よくわかってるでしょ!?」
「いやバイトでなに言ってんだよ……。確かに楽しいけど疲れるし……なんなら翠たちも誘おうよ。パーさん動画編集とかできそうだし」
「な……なに言ってんですか……!?」
「こっちの台詞なんだけど……俺おかしなこと言ってる……?」
信じられないくらいに愕然としている光だが、その反応をしたいのは俺の方だ。確か動画投稿やろうって言い出したの光だよな……あんまりはっきりとは覚えてないけど。
「おまたせ~」
「あ、忍!」
光の不可解な反応に首を傾げていると、俺と同じ時間で終わりの忍が休憩室にやってきてそのまま俺に抱きついてきた。
「つかれた~いやして~」
「俺もー」
忍がキスを求めてきたので、こっちから口づけをする。あー最高。本当にかわいい。こんな素敵な人が俺の彼女だなんていまだに信じられない。
「……あれ?」
忍との一時の癒しに身を委ねていると、珍しく忍の方から顔を引いてきた。
「なんかいつもと違う……」
「え? なんかごめん」
「ううん。じゃあ今日は私がリードしちゃおっかな~」
「マジで? 楽しみ……」
「すとーーーーっぷ!」
忍とイチャイチャしていたところに割り込んでくる邪魔者。確かに目の前でこんなやり取りされたら嫌だろうけど……。
「なんだよ、いつも通りだろ?」
「忍先輩が迫ってるのはいつも通りですけど! 先輩がこんなTPOをわきまえないことすんのおかしいでしょ!? 年齢考えてくださいよ!」
「まぁ……そうだな。もう高校生だもんな……」
「そうですけど……はぁ!?」
なぜだか本当にわからないが、光の様子がおかしい。なんか嫌なことでもあったのだろうか。
「まぁなんかあったら相談しろよ。俺は忍と結婚して幸せにするけどさ、友だちとして光にも幸せになってほしいんだから」
「……なんでそんな言葉軽々しく使ってるんですか。先輩にとって結婚は……」
「光輝くん結婚考えてくれてるの!? うれし~! 絶対幸せになろうね! 私もがんばって光輝くんを幸せにするから!」
「俺の方が絶対に幸せにするよ」
「え~? 私の方が絶対に幸せにしてあげる~!」
あー幸せだ。きっとこんな幸せがいつまでも続いていくんだろうな……。こうなってくると……。
「家族のこととかどうでもよくなってきたな……!?」
何気なくそう口走ると。光がテーブルを踏みつけて、膝の上の忍を払いながら俺の胸ぐらを掴んできた。
「ひ、光……!?」
「なに言ってるんですか。先輩にとって家族は……大樹くんはそんなものじゃないでしょ。まさか勝てないからってあきらめるつもりですか……!?」
「勝てないってなに言ってんだよ……。別に勝ち負けじゃないだろ……? 大樹たちは大樹たちで田舎で暮らしてるみたいだし俺は俺で自分の人生を歩もうって話で……」
「そうですけど! 先輩はそうじゃないでしょって言ってるんです! 27年間の屈辱が忘れられないから今先輩はこうやって……!」
「27年間……?」
「……先輩。エージェント、って言葉に聞き覚えはありますか」
「エージェント……? なんか映画とかで活躍するすごい人……?」
「……まさか……大樹くんにやられて……元の先輩になった……? でもそんな……そんなことって……」
光がなにかぶつぶつと言いながら俺の胸ぐらを離し、椅子に座る。本当に今日の光はなんなんだ……?
「光……」
「一つ。再確認です」
俺が訊ねるより早く、光が訊ねる。
「大樹くんに勝ちたいですか。勝てると思っていますか」
ひどく抽象的で、意味のわからない質問を。
「……勝ちたいとは思ってるよ。あいつに勝つために色々がんばってきたんだから。でもたぶん……無理だろ大樹に勝つのは。あいつは何の努力もしてないのに俺より常に上で……どうしようもない存在だから。だから別の分野でがんばろうって話で……」
「勝ちたいんですね?」
「いやだから勝てなくてもって……」
「言い訳なんか聞いていません。大樹くんに勝ちたいのかどうかって聞いてるんです」
「だからそれは……勝ちたい、よ?」
「オーケーです。それさえ聞ければいいです」
なんか一人で勝手に納得した光が服を正して調理場に戻っていく。
「勝ちたいって思ってるなら先輩はまだ負けてません。とりあえず先輩が帰ってくるまではわたしが先輩を守ったげます。それが大人の役目です」
「お、大人……?」
何一つ理解できないが、その光の後ろ姿は。俺の記憶にはないくらい、頼もしく見えた。
ここからしばらく過去編と未来編を交互に展開していきます。少し読みづらいかもしれませんがご容赦ください。また期待していただける方はぜひ評価とブックマークしていってください!




