第4章 第4話 変わる未来 2
「からぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
大樹の策略により全ての感覚を失った俺を襲ったのは、口いっぱいに広がる尋常じゃない辛さだった。
「辛い辛い辛い辛い辛いっ!」
「あははははっ! 先輩大げさすぎでしょもう若くないんだからこんな笑いやめましょうよははははは!」
やけにふかふかのソファの上で悶えていると、やけにかわいい隣に座っている女性が俺の姿を見てやけに大きな笑い声を上げる。……ていうか。
「お前……もしかして光!?」
「辛すぎて記憶喪失になってる! あははははっ!」
間違いない……つい最近……いや10年後に見た卒業コンサートの時と同じ顔。10年後の光だ……! となるとやっぱり……。
「元の時代に帰ってきたんだ……」
その事実を確かめるために辺りを見渡してみると、その確信が疑心へと変わった。あまりにも綺麗すぎる。部屋も家具も服も。安月給サラリーマンでは一生お目にかかれないくらい、綺麗すぎる。それに目の前には信じられないくらいのライトがあるし……高そうなカメラが何台もこっちに向いている。……なるほど。ある程度状況がわかった。
「……光。撮影は終わりだ」
「え? いやいや先輩カットするなら大声出してくれないと編集が……」
「タイムリープから戻ってきた。そう言えばわかるか?」
「……ああ、そんなタイミングでしたか。わたしも歳とったなぁ。あれから10年ですか」
俺の一言で全てを悟った光が急にテンションを落としてカメラを止める。とりあえずこういうことでいいのだろうか。
「今のお前はこの時代からタイムリープして10年前に戻り、そしてそれから10年経った姿……ってことか」
「正解。先輩は大樹くんに嵌められて10年前から元の時代に帰ってきたんですよね?」
「そうだな精神年齢35歳」
「はっ倒しますよ」
色々複雑かと思いきや案外単純。過去で配信者として活動し、それから10年。見事に成功したのがこの状況というわけか。大樹が語った未来と同じ。でもそうなると……ある意味おかしい。
「ちょっとエージェント呼んでくるわ」
「私ならここに」
えらく堂々と部屋の真ん中に置かれた水しか入っていない水槽からエージェントが身体を出している。このエージェントも光と同じく10年間時を重ねた存在だろう。ならば聞きたいことは一つ。
「タイムパラドクス、どうなってる?」
俺は大樹によって未来に戻された。未来人の俺がいない過去で大樹が暴れれば、この未来は当然変わっていく。でも実際にこの感じ……とてもじゃないが、大樹に邪魔されたとは思えない。となると……。
「俺はパラレルワールドに取り残されたってわけか?」
過去が変われば未来が変わる。だが厳密に言えば、エージェントがそういう世界線に移し替えているだけらしい。つまりここではない別の世界線では大樹に貶められ、底辺に成り果てている俺がいるかもしれない。だがエージェントは首を横に振った。
「私と光輝様は一心同体。出会い、共に過ごした光輝様と一緒に世界線を移動しています。わかりやすく言えば、光輝様がいた過去と直結しているのがこの今です」
「じゃあ……なんで俺はこんないい生活できてんだよ」
「つまりはそういうことでしょう? 大樹様では光輝様に勝てなかった。まぁ私は実際にその現場を見ていますが、ネタバレはかわいそうなので内緒です」
「もう充分ネタバレなんだよなぁ……」
でもエージェントは責められない。それにわかりきってたしな。俺が勝つことなんて。まぁ俺に大樹に勝った実感はないからまったくうれしくないけど。
「悪いけど簡潔に今の状況を説明してくれ」
「見たままです。光様や忍様と一緒に配信者として活動。今やチャンネル登録者500万人超えのトップクリエイター。それと婚約者の忍様は今過去にいるのでこの時代にはいません。会えなくて残念でしたね」
会えなくて残念って言っても毎日大人忍とは会ってたしな……別にそれはいい。今はそれよりも。
「早く過去に戻してくれ。俺は大樹と決着をつけたいんだ」
エージェントが無事に存在してくれるなら再びタイムリープすることは容易い。だが再びエージェントは首を横に振る。
「光輝様にはこの時代でやり残したことがあるでしょう?」
「……ああ、そうだったな」
そうだった。この時代であれをやっておかないと、おそらくこの世界線には辿り着けない。過去に戻るのはそれを行ってからだ。
「じゃあ行こうか、エージェント。勝利のための第一歩だ」