第4章 第3話 一手
「ごめん忍! バイト遅れるかもしれないって言っといて!」
「えっ!? 光輝くん!?」
忍の顔を見る余裕もなく路地裏から飛び出す。いやそれでも……。
「エージェント! 忍頼んだ!」
「合点承知の助です!」
今一番大切な存在を一番頼れる奴に任せて。俺は一人戦いの場に赴く。と言ってもどこが戦場なのかもわからない。この時間全てが戦場と言っても過言ではないくらいに何もわからない。それでも俺と一緒にいるよりかは、エーに守ってもらう方がいくらか安全だろう。たとえ大樹の狙いが忍だったとしてもだ。
「どこにいんだよ……!」
振り返らずに路地裏から出たものの、やはり大樹の姿は見えない。だがこの嫌な空気。何か現実ではないことが起きている焦燥感。それだけは肌にひしひしと突き刺さってくる。まぁいいや。そっちがその気なら……。
「俺が先に仕掛けさせてもらう」
とは言ってもやることは他力本願。エージェントの召喚だ。あいつの両脚が入る水面と折り紙で作った斧。この2つがあれば最強のチートを呼び出せる。付近にあるトイレにでも駆け込めばそれで済む。
卑怯だと言われるかもしれない。それでもエージェントがいないと土台にすら上がれない。あいつと平等に戦うための大前提……
「……そこまでして、勝ちたいのかよ」
それは。俺のエージェント頼みの姿から出た言葉ではなかった。
「当たり前だろ。50年分の怨みだぞ」
俺が身体に違和感を覚えたのと同時に現れた大樹。雑踏の中堂々と仁王立ちしている奴の姿は本当に変わらない。10年前も、今も、50年後も。自分がこの世界の中心だと全く疑っていない。
「お前にはわからないだろうな。半世紀の間、俺がどれだけ悔しかったか。どれだけ惨めだったか。でもこれでようやく証明できた。俺の方が上だってな」
俺と大樹は似ていると思っていた。でも違う。当然だ。別の人間なのだから。どれだけ時が経とうと。幼少から育まれた人間性は、変わらない。五十嵐大樹という人間は、一生こういう人間なのだ。
「俺にエージェントのようなこの世の全てを操るような能力はない。せいぜいできることと言えば。実行していることの解除だけだ」
俺の身体に起きている異変。それは徐々に進んでいく意識の喪失だった。わからない。わからないが、確信できる。俺の意識がこの過去から。元の時代に戻ろうとしていた。
「つっても褒めてほしいくらいだぜ? エージェントの力を使いこなすのに1週間もかかっちまった」
「それで……それで勝ってうれしいのかよ……!」
「まさか俺が卑怯な手を使ってるだなんて思ってないよな? 未来から来ているお前は。俺の手によってこの時代本来のお前に戻される。お前はそれを阻止できなかった。つまりは未来のお前の敗北だ」
「あー……そうかよ。お前が満足なら、それでいいや」
どうせ元から意地と意地のぶつかり合い。理屈なんて存在しない。俺ならこんな勝利反吐が出るが、それで大樹が勝ったと言えるのならそれは大樹の中では勝利なのだろう。
本当に勘違いしていた。いや、勝手にあいつを認めていた。大樹が本気で俺を敵だと定めていると。でも違った。俺が自分よりも劣っている。そう再確認できればそれでよかったんだ。それでも。
「俺はまだ、負けてない」
こんな決着認めない。こんなあっさりと脈絡もなく何も抵抗できず。じんわりと負けていくなんて、俺は納得できない。まだ全然、心は折れていない。
「覚えてろ。俺は必ずこの時代に戻ってくる。そしてお前に勝ってやる」
「まぁそうなるだろうな。どうせエージェントがいるんだ。それくらいはすぐにできるだろ。でもこれで、お前の一敗だ」
一敗? 何を言っているんだ。
「お前は知らないんだ。俺に残っている、切札を」
「知らない? 馬鹿言うなよ50年後から来てるんだぜ? お前が知ってて俺が知らないことなんて一つもないんだよ!」
「そう思ってるならいいさ。どうせすぐに後悔することになるだろうよ。お前のこの行動が俺の完全勝利に繋がるんだからな」
これは負け惜しみでも強がりでもない。一度未来に戻ることで。俺はあることができるようになる。大樹も大人忍も知らない、あることが。
「……身体が動かなくなってきたな。そろそろ限界か」
視界が眩む。立っていられなくなる。でもこれは敗北じゃない。勝利につながる経過だ。
「じゃあせいぜい10代の俺に張り合っててくれ。すぐに帰ってくるからさ」
そして俺の意識は未来へと戻り。
「……やば、バイト遅刻する……!」
過去の俺が動き出した。
次回からクライマックスエピソード序章に当たる未来編開幕です。光輝くんの行動によって変わった未来を描いていきます。期待していただける方はぜひ☆☆☆☆☆を押して評価とブックマークしていってください!