第3章 最終話 負け犬の執念
「ろくじゅっ……ご……!?」
信じられない。信じられないが、ありえないとは到底言えない。26歳だった俺が16歳の頃に戻ったように。65歳の大樹が15歳に戻ることに何の違和感もない。でも……でもだ!
「お前……何やってんだよ……!?」
あの大樹が。どんな時でも頂点にいた大樹が、わざわざ50年も昔に戻ってくるなんて。そしてやることが俺を殺すことだなんて。考えられない。信じたくない。
だって……65歳だぞ!? おじいちゃんだぞ!? 27歳の俺が二倍生きてもまだ足りないほどに人生を重ねた男が……こんなことをするなんて……!
「大樹……大樹!」
「お前みたいなガキにもわかるように説明してやるよ」
大樹が俺の腹から剣を抜く。痛みもなく血も垂れることなく引き抜かれた剣はそのまま虚空に消失し、今まで見たことのない。俺の言葉では言い表せないほどに複雑な瞳が俺を突き刺す。
「お前が俺を庇って入院していた時。俺たち家族は逃げ出した。世間の目。社会からの評価。今まで馬鹿にしてきたお前に負けた劣等感。全てが俺たちを苦しめた」
「だから俺は……勝ってないって……」
「そう思ってるのはお前だけだ。だからこそ……俺たちは耐えられなかった。どうせお前は俺を庇ったことを何とも思ってないんだろ。自分が助けたなんて偉そうに言うはずがない。傍から見たら聖人だ。そんな奴に付きまとわれる俺たちの気持ちがわかるか?」
「いや……でも……」
「それからは地獄だった。何もない田舎に逃げて、ゴミみてぇなアパートに住んで、高校にも通えずやっすい給料で働いた。そしてそれが、50年続いた」
「ごじゅ……っ!?」
「何を驚いてんだよ当たり前のことだろ? 学もないガキが田舎でどんな職に就ける。10年経ったら惨めで都会になんか行けなくなった。20年経ったら転職できなくなった。30年経ったら結婚できなくなった。40年経ったら親が死んだ。50年経ったら……もうジジイだった」
「…………」
「お前はいいよなぁ。ただ彼女に振られただけ。それだけでたまたま過去に戻ることができた。そして全てを手にした。時代を先取りして配信者になって、かわいい彼女を作って、遊んでるだけで金持ちになって、ずっと付き合ってた相手と結婚して、稼いだ金を元手に会社を作って、子どもを作って、孫ができて、今は金と時間を持て余した平和な隠居生活。誰もが羨む人生だ」
「そ……んな……」
「そんな人生を十何年前のスマホで眺めながら、俺はゴミみたいな人生を送ってきた。わかるか? 俺の気持ちが。わかるわけねぇよなぁ、27のガキになんかが。俺の人生をわかるわけがない」
「でも……だったら……もっと昔に戻ればよかっただろ……!? 体育祭の直前に戻れば全部変えられた。なのになんでわざわざ……」
「ああそれは。俺のパトロンの指示だよ」
「パトロン……!?」
直後、池の水面が揺れた。そして現れる。
「エージェント……!?」
「お久しぶりです、光輝様」
俺が知るエージェントの隣に、所々表面の塗装が剥がれて機械の部分が剥き出しになったエージェントが現れた。
「まさか……エージェントが大樹を……!?」
「……私を恨みますか」
「恨む……わけないだろ!? 今も俺を助けてくれて……確かに時々すごくうざいけど、いつだって俺を助けてくれたじゃないか!」
「ええそうですね。その結果が、これです」
頬が、肌が、服が。哀れんでしまうほどに割れているその姿が。俺の思考を過去へと巡らせる。
何が起きた? 俺が何かをしたからこうなったのか? 今から50年後。俺のせいで、エージェントがここまでボロボロにされるのか!?
「……私の目的を覚えていますか」
「人類を滅ぼすこと」
俺に代わり言葉を返したのは今のエージェントだった。その表情に感情は感じられない。ただ淡々と言葉を受け止めている。
「その通りです。でも実際は……どうですか。ねぇ、光輝様。ねぇ、私。私が人類を滅ぼす予兆なんて見られますか」
「ていうかあれは……冗談みたいなやつだろ。いつもの変な……最近言ってなかったし……」
「私は本気で……本気で人類を滅ぼすつもりでした。そのために光輝様と過ごし、光輝様から学習した。本当に意味のない時間でした。振られて新しい恋に踏み出せないなんて馬鹿みたいな理由で泣く光輝様。それに対し本気でアドバイスをする私。そんな日々がずっと続いて……本当にいつまでも続いて……気がつけば私の身体が故障していました。平たく言えば宇宙のエネルギーを得ることができなくなっていたのです。つまり、女神型ロボから美少女型ロボへとなってしまったのです」
「だったら……直してもらえばいいだろ」
「私の目的は人類を滅ぼすこと。だとフェニックスは認識しています。もうとっくの昔に光輝様に絆されていたというのに。でもフェニックスはそれを知らない。過去が変わり、フェニックスで働いていたはずの忍様は光輝様や光様と配信者になったのでそれを伝える術もない。危険な思想を持つ私をフェニックスが直すはずもありません。私は見捨てられました」
「…………」
「別にそれでもよかったんですよ。それでずっと……光輝様と一緒にいられるのなら。でも見てくださいこの身体。きっとあなたが死ぬより早く、私が動かなくなる。それは嫌でした。……光輝様に看取られるなんて、絶対に嫌でした。だから身体を修復したい。そのために忍様にフェニックスに入ってもらわないと困る。でも光輝様の未来を変えるなんてしたくない。その結果が、これです」
「……どれだよ」
「あなたへの怨みを持つ大樹様の感情のエネルギーを使い、過去へと戻る。私が印象的だったこの時間にしか飛べませんでしたし、何より賭けでしたが成功しました。いえ半分は、と言った方が正しいでしょうか。元々は光輝様を傷つけかねない大樹様は利用するだけして捨てるつもりでしたが無理をした結果、私の能力は大樹様の身体と溶け合った。そしてこの時代の私は自分への干渉にロックがかかっているため、私を直したり、大樹様を止めることはできません。元が人間である以上大樹様が自由に人を殺したり時間を移動したりは不可能。せいぜい剣を出し入れする程度ですが、それすら過去の私が止めることはできません。わかりますか、光輝様。私のせいで……」
「ああ、よくわかった」
長々と語ってくれたが、つまりはこういうことだろう。
「俺が大樹に勝てばいい。いつだってやることは変わらないよ」
大樹は人を超越した。上等だ。元から何をやったって勝てなかった相手だ。多少パワーアップされようが関係ない。それに俺の傷は治せるんだ。物理的な勝負になることはないだろう。人生で勝つことに、宇宙の力なんて関係ない。問題なんて一つもないと言える。
「……はっ。わかってんのか? 俺の実年齢は65。お前よりも倍の経験を積んでいる。そんな俺がお前の人生を潰そうと本気で行動するんだ。お前如きが何とかできるわけがねぇだろ」
「言ってろクソジジィ。定年退職したんだからおとなしく隠居してればよかったって後悔させてやる」
「未来の定年は80だ!」
「聞きたくなかった……本当に聞きたくなかった……」
何にせよ、だ。
「「俺がお前に勝ってやる」」
とりあえずここで第3章終了となります。次回からは最終章の予定です。まだやりたいことたくさんあるので未定ですが。
次回からは大樹くんというか大樹おじいちゃんとの最終決戦に向けて話を進めていくつもりです。咲ちゃんとの決着もつけられればなと思っています。エージェントの深堀もしていきます。
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