第3章 第17話 四人目
「ごめん……忍。俺そろそろ行かないとだ」
あれから約1時間。誰も来ない密室でただ抱きしめ合い、時々キスをし、言葉を交わしていたが時間が来た。光との動画撮影。彼女の約束があったとしても、仕事を優先するのが社会人の務めだ。
「え~……。でもしょうがないよね……。大好きな光輝くんのやることだもん。それに後でみんなと誕生日パーティーもするから会えるしね」
「なにそれ初耳なんだけど」
「あ~内緒だったこれ……。そ……それと……みんなとパーティーした後……2人きりで……いたいな……」
「……わかった」
一度深くキスをしてから忍と別れる。たぶん大人忍さんも夜は会いたがるよな……過去に来てる未来が変わってないのなら。だったら先に予定を立てておくか。
「エージェント、大人忍さん来てる?」
「はい。今は家で馬鹿みたいに大きいケーキを作っているはずです」
再び空き教室に戻り、金魚の水槽にエージェントを呼び出す。そっか……未来は変わってないか……。
「何か浮かない顔ですね」
「いや別に……未来が変わってないなら、俺なりに決めた覚悟は元々決まってたんだなーって思っただけ」
「捉えよう次第ですよ。運命は変えるものだと人は言いますが、それは漫画の主人公の戯言です。今の自分が納得しているのならそれでいいのではないでしょうか。どうせ未来は何が起こるかわからないのですし」
「……そうだな」
過去が変われば未来が変わる。だが未来に何が起こるとしても、体験しているのはこの今だけ。いくら考えても仕方のないことだ。
「そう思うと過去に戻ったってのも……」
別になんてことはない。ただちょっと視線を窓の外に移しただけ。その視界に、奴は映っていた。
「大樹……!?」
窓の外……中庭の池の縁。そこに行方不明の大樹がいた。
「エージェント、場所の転移できるか!?」
「ええ、問題なく」
「じゃあ中庭に移してくれ!」
エージェントにそう頼んだ瞬間、俺の視界が教室から移り変わった。
「大樹……!」
「……よぉ、兄貴」
大樹の目の前に、俺は移動していた。
「お前……今までどこにいたんだよ……!」
「さぁ……覚えてねぇな。でもここからずっと離れた田舎だよ。そこでバイトしながら暮らしてた」
……だからだろうか。大樹の様子がおかしい。いや、俺の知っている大樹と違う。疲れ切った目付き、適当に選んだであろう服装。派手な金色だった髪のほとんどは黒に覆われており、とても清潔さは感じられない。
「まぁいいや……帰ってこい。俺は納得してないんだよ。なんか俺が勝ってるみたいになってるのが。俺はお前に勝ってない。ただお前を庇っただけだ。あんな結末じゃ勝ったとは言えないんだよ! だから戻ってこい。帰って……俺に勝たせろ」
自分でも何を言っているのかわからない。でもそれが全てだ。大樹に勝つ。そのためなら何だっていい。どんな言葉になろうが、何でも。
「ああ……お前はそうだよな……」
自分でも自分の発言が理解できなかったのに。大樹は驚くほど納得し、笑っていた。
「いつだってそうだった……俺に敵わないクソザコなのに、いつも張り合ってきて。どこまでも追いすがってきて……気づいたら手の届かない場所にいた」
「だから俺はお前に勝ってねぇって……」
「俺がいくら手を出そうがなびかなかった女と結婚して、子どもを作って、配信者として金を稼いで……今では孫の成長を喜びながら、平和に幸せそうに夫婦仲良く暮らしている」
「……? お前……なに言って……?」
「何でなんだろうなって思ってたよ。何をやったって俺に勝てなかった奴が、どうして急に俺を追い越せたのかって。……こういうことだったんだな」
「だからお前……何を言ってんだ……!?」
気がつけば大樹の右手には作り物としか思えないくらい立派な剣があって。
「……は?」
その剣先は、俺の腹を貫いていた。
「な……な……!?」
こんなことが前にもあった。痛かった。ただの包丁でさえ、死ぬかと思うくらい痛かった。だが今俺の身体に痛みはない。だからしばらく気づかなかった。俺が大樹に刺されていることに。
「……運が良かったですね。私を出したままにしておいて」
「エージェント……!」
すぐ横の池からエージェントが身体を出し、腕をこちらに伸ばしている。エージェントが俺の命を守ってくれているのか。だがそれに気づいたところでわからない。この全ての状況が。
「大樹……お前、何なんだよ……!」
「お前と同じだよ。いや、俺はお前の先にいる」
剣を握りながら。殺意を曝け出しながら。大樹は言った。
「俺は50年後の世界からタイムリープしてきた。今の俺は、65歳の五十嵐大樹だ」
第3章終盤にして、ストーリークライマックスに近づいています。おもしろい、期待できると思っていただけましたら、☆☆☆☆☆を押して評価とブックマークのご協力をお願い致します!