第3章 第11話 文化祭
「ラスト文化祭楽しむぞ~!」
隣で忍さんがガッツポーズをとる。今この場にいるのは俺と忍さんだけ。いや実際は来場者や生徒で溢れているが、俺の認識では2人きりとしか思えない。そしてそれは、忍さんも同じだろう。
2人で文化祭を回ろうという誘い。それが男女となれば、意味することは一つである。それが将来婚約する相手となれば、それはもう……まず間違いない。
だが大人忍さんの話で、今日付き合い始める可能性はないということが判明している。俺たちが付き合い始めるのは大学生になってから。何もなければ、だが。
「にしても……光輝くん、すごい人気だね~」
ただ普通に廊下を歩いていると、忍さんが声を漏らす。ニュースや新聞で事件のことが取り上げられたことと配信者効果によって、俺の知名度はそれなりに高い。今も噂話が方々から聞こえ、写真だって隠し撮られている。俺にとってはもう慣れたものだが、隣を歩く忍さんは気になってしょうがないのだろう。
「もしかして……私と一緒にいるのって迷惑だったりする……? 一応光ちゃんと付き合ってるんだもんね……」
「それは大丈夫。もう手は打ってあるから」
「手って……?」
「忍さんは好きにしていいってことだよ。光が言ってたんだからほんと気にしないで大丈夫」
「そっか。ならいっぱい遊ぶね! やっぱり最後の文化祭だし! いや~おばさんになったな~」
「それだけは光がブチギレるからやめてくれ」
なんで高校生大学生は俺たち老けたなーとか言うんだろうな……いや俺も当時は言ってたけど。
「どうする~? 何からやろっか~?」
忍さんが屈んで顔を覗き込んでくる。当時の俺なら忍さんに任せてただろうが、これはまぁ……デートみたいなもんだからな……。
「じゃああそこにある射的でもやろうか」
「……うん!」
とりあえず男の役目として、エスコートを始めた。
☆☆☆☆☆
「楽しかった~!」
忍さんと2人で過ごすこと数時間。すっかり夕方になり、文化祭終了までまもなくという時間になっていた。
「こんなに遊んだの初めて~。ここまで楽しかったって知ってたなら1年の頃から遊んだのにな~」
本当に人のいない屋上の壁にもたれながら忍さんが伸びをする。ここまで喜んでもらえたのなら俺も満足。パンフレットを読み込み、微かな記憶を動員して予定を立てた甲斐もあったというものだ。
射的なんかの単純な楽しいイベントでテンションを上げ、食べ歩きで文化祭の雰囲気を味わい、お化け屋敷で距離を縮め、締めは静かな空間で余韻を味わう。割と自分でも自身のあるエスコートだったと思う。
「光輝くんは来年もあるもんね~うらやましいな~。高校生活なんてあっという間なんだからいっぱい楽しまなきゃダメだよ~?」
「……俺が一番よくわかってるよ」
「え?」
「文化祭は明日もあるじゃないですか。明日は今日できなかったことしましょうね」
そう普通に返すと、忍さんが固まった。何かミスったかと内心焦ったが、そうではないことは忍さんの表情でわかった。
「明日も……いいの……?」
その瞳にはわずかに涙が滲んでいたが、嬉しそうに。それでいて悔しそうに顔を歪ませていた。
「光輝くん……すぐ彼女作って……すぐ別れたかと思ったら光ちゃんと付き合って……だから……!」
「光とは付き合ってないって。そういう設定ってだけで」
「でも……設定でも、光輝くんは浮気とか……絶対に……いやでしょ……?」
それについては既に手を打ってある。そう答えるよりも早く、忍さんが言った。
「もしよかったら……! 浮気じゃないと思ってくれるなら……髪、撫でてほしい……。受験がんばれって……そう、言って……ほしいな……」
……悪いけど、それは聞けない。それは悔いになる。10年後。きっと忍さんには悔いが残ってしまうから。
「嫌なら顔を背けて。してほしいなら……まっすぐ俺を見て」
俺は忍さんの顎を指で上げ、その選択を迫った。そしてすぐに忍さんは顔を背ける。
「……だめだよ。これから勉強しなきゃいけないんだから……」
「そう思うならそれでいいよ。忍さんの人生なんだから。ただ俺は、忍さんの想いに応える準備がある。それだけは伝えておくよ」
忍さんの身体が震える。脚が、手が、口が。何かをしようと動き、それは駄目だと制止する。どれだけ時間が経ったのかはわからない。俺だってとても平静ではいられなかったから。それでも忍さんは、決断した。
「……ふっ、はぁ……っ」
俺を正面から見上げ、期待するように口をわずかに開けた。そしてその時だった。シャッター音が屋上に響いたのは。
「……この写真。ネットに上げられたら困るんじゃないのかな」
こいつはどこまでも。どこまでも俺の邪魔をする。
「……咲」
避けては通れない、過去の亡霊が笑っていた。
本日もう1話更新予定です。