第3章 第10話 誘い
「し……忍さん……!」
「その人だれ~? 学校の関係者じゃないっぽいけど……」
まずい。まずいことになった。この時間の忍さんと未来の忍さんが鉢合わせてしまった。ドッペルゲンガーじゃないから消えたりはしないだろうが、この状況は非常にまずい……!
「い、従姉……! ほら俺いま一人暮らしだから心配でその……しばらく一緒に暮らすことになったんだよ!」
「ふ~~~~ん……」
咄嗟にしてはナイスな誤魔化しだったと思ったが、忍さんは明らかに不審がっている。そりゃそうだろう。俺とは全く似てないし、それ以前に忍さん自身と瓜二つとまでは言わないが、姉妹以上に姉妹な顔をしているのだから。
「はじめまして~。光輝くんの従姉の忍で~す。よろしくね~」
「わ~。私も忍って言います~。こんな偶然あるんですね~」
俺の焦りとは対照的に、二人の忍さんはめちゃくちゃ和やかに挨拶をする。でもそれもそうだよな……まさか目の前にいる美人さんが10年後の自分だとは思うまい。どれだけ似ていても、紛れもなく別人なのだから。そうだ。俺もノブノブみたいに普通に接しよう。
「でもお姉ちゃん安心したよ~。光輝くんにこ~んなかわいい彼女さんがいるなんて~」
「忍さん!?」
と思ったが訂正。この三十路、俺と過去の自分をさっさとくっつけようとしていた。
「か、彼女だなんてそんな……」
「そうですよ! 光輝先輩の彼女はわたしなんですから!」
「え~? でも忍ちゃんの方がな~んかピッタリ~って感じだよね~」
ま、まずい……。完全に大人忍さんにペースを握られている。俺だって光と同じだ。普通に恋愛がしたいんだ。未来で忍さんと付き合うことが決まっていたとしても、現時点の俺にとって忍さんは、ただの友だち。女性としてはあまり見ていない。そこから徐々に意識して好意を抱くのだと思うが、その過程をすっ飛ばして婚約者のような関係になるだなんて絶対に嫌だ。
「とりあえずしの……忍姉さん。ここ学校だしさっさと帰ろうか……」
「忍姉さん!? なにそれすっごい尊い! ねぇ、おねえちゃんって呼んでほしいんだけど……」
「お姉ちゃん、さっさと帰れ!」
半ば無理矢理大人忍さんを追い出し、一度ため息をつく。ノブノブと会えなくなって寂しかったが、いざ再会するとそれはそれでめんどくさい。人間関係とはままならないものだ。
「それで忍さん……何か用?」
「あ~たまたま見かけたから声をかけただけだよ~。最近あんまり2人と会えてないな~って」
確かにここ最近は動画の撮影が忙しくてシフトを減らしてしまっている。過去に戻ってきた直後や退院後はあんなにバイトが楽しかったのに、数ヶ月もしない内にくだらない日常へと認識が変わっていた。いつまでもこんな関係ではいられないことは、誰よりもよくわかっているのに。
「それで私もそろそろ受験生なんで~バイトおやすみしようと思ってるんだよね~」
そう。俺が高2の後半、忍さんは受験のために一時期バイトを辞めていた。それは大学入学後もしばらく続き、復帰したのは今からちょうど1年後くらい。そしてその頃には俺も受験勉強のためにバイトに行かなくなっていた。プライベートで遊ぶことはあったが、それも月に一度あればいい方。つまり今から約2年。俺と忍さんが顔を合わせることはほぼなくなる。
「そうでしたね……寂しくなります……」
その記憶を光も思い出したのだろう。あんなに俺と忍さんが付き合うのを阻止しようとしていたのに、素直にさみしがっている。
「まぁしょうがないですよ……。応援してるからがんばって。絶対受かるって信じてるから!」
「どうだろね~……私狙ってるの特待生だから……ちょっと不安~……」
絶対に大丈夫だから安心してと言いたいが、それだけは言ってはならない。俺の無責任な発言で忍さんの心に油断ができれば、それだけで未来が変わってしまうかもしれない。だからありきたりな応援しかしてあげることができない。本当にままならないな。
「それで……その……ね……」
未来に干渉しない程度でどうにか励ませないかと考えていると、なぜか目の前の忍さんも何かを悩むように指をもじもじとさせていた。心なしか頬がいつもより赤く見える。
「そろそろ文化祭でしょ……? 私の中ではこれを皮切りに受験に集中したいな~って……思ってて……高校最後の文化祭だし楽しみたくて……でもその……しばらく会えなくて、なんかすごい心がもやってして、その……だから……なんていうか……」
何かもにょもにょ言いながら目を伏せていた忍さんが意を決したかのように、顔を上げた。
「もしよかったら、一緒に文化祭回らない? その……2人きり……で……」
その言葉の意味は、たとえ10年前の俺でも悟ることができただろう。俺の知る10年前では起きなかったイベント。そんなビッグイベントが、始まろうとしていた。




