第3章 第9話 それぞれ
「好き好き光輝くん好き大好き! 16歳の光輝くんもかわい~! あぁ^~ショタコンになっちゃうぅ^~」
「エージェント、このデジャヴなに?」
かぶりつきそうな勢いで俺を抱きしめるノブノブを無視しながら学校の池に顕現させたエージェントに訊ねる。
「過去が変わって忍さんの代わりに光が過去に来たんだろ? それなのに何で……」
「別にその役目が一人と決まっているわけではないでしょう」
「そうだけど……その、なんていうか……俺に……惚れてる忍さんが……」
「あれれ~? 光輝くん照れてるのかな~? 私が光輝くんに惚れてるのなんて当たり前だよ~うりうり~」
何が楽しいのか俺の頬を突いてくるノブノブ。完全に子ども扱いだ。それとも未来の俺たちは人前でこんなことをやってるのだろうか……26と27歳だぞ……。
「何度も言う通り、私はインプットされていない情報を知ることはできません。ただ言えることは、今ここにいる忍様は、私たちが知る忍様とは別の存在だということです」
「それは……パラレルワールドってやつか?」
「平たく言えばそうです。以前にも言った通り、私は過去が変わるたびにあなたを別のパラレルワールドに移すのに近い形でタイムパラドクスが起きないよう調整しています。なので今の彼女はあなたが庇ったのとは別の要因で付き合うことになり、以前と同じようにバチクソに惚れた形になったということです」
「なるほど……じゃあこの大人忍さんはノブノブじゃないってことか……」
「……ノブノブ? あだ名? ダサくない? 私たちもう26と27歳だよ~?」
「あんたが呼べって言ったんだろうが……」
まぁでもある程度の事情はわかった。じゃあつまり、この人はあの忍さんじゃないってことか……。少し寂しいな……。
「そんな顔をしなくてもいいですよ、光輝様。彼女は別の存在ではありますが、同一人物と言った方が近いです」
「まぁそうだろうけど……どういうこと?」
「この世界には無数のパラレルワールドが存在しています。たとえばあなたが今薬指を動かしただけでも、別の未来へと分岐する。じゃあその違いだけで、二つの世界の光輝様は別人だと言えるでしょうか。そうではないでしょう? 多少思い出が変わっても忍様は忍様ですし、光輝様は光輝様です。どんな過去を辿ろうが辿り着いた未来が同じ幸せなら、それでいいのではないでしょうか」
「おぉ……。結婚式の司会の人?」
なんかいい感じの言葉をくれたエージェントに素直に感心する。なんかどんどん機械感が薄れていってるけど。
「じゃあ俺は将来忍さんと付き合うってことだな」
「うん! 私と光輝くんはずっとラブラブだよ~!」
体育祭の時に忍さんが言ってくれた言葉を思い出す。「どんな過去になっても、未来の私は光輝くんを好きになる」。つまりはそういうことなのだろう。だとしたらどんな忍さんでも関係ない。俺のことを好きでいてくれるなら、それに応えるだけだ。まだ俺自身は忍さんを心から愛しているとは言えないけど、できる限りは返させてもらおう。
「とりあえずまた忍さんに会えてよかっ……」
「よくないですっ!」
いい感じで話が纏まりそうだったところで絶叫が轟いた。ずっと黙っていた光の絶叫が。
「先輩わかってます!? 今はわたしと付き合ってるんですよ!?」
「付き合ってるっていうかカップルって設定で配信してるだけだろ」
「同じことです! それなのに忍先輩と付き合うとか浮気ですよ浮気!」
違うと言いたいが……浮気と言われれば強く返せない。殺人よりも遥かにしたくないこと。それが浮気だからだ。
「その点についてはご心配なく~。光輝くんが私と付き合うのはピカリンチャンネルが解散になった後だから~」
「解散!?」
「来年のいつ頃だったかな~。光輝くんが受験のために活動休止したんだよね~。その流れで解散になったっていうか~光ちゃんが一人でやり始めたの。そしたら人気なくなっちゃって~ボロボロって感じ~?」
「なら尚更渡しません!」
「え~? それって光輝くんを人気のための道具にするってこと~?」
「そうじゃない……とも言い切れません。でもそれは仕方ないというか……どんなカップルでもそういう側面はあるでしょ!? 好きだけど無職だから結婚できないとか……そういう話です!」
「私はたとえ光輝くんが無職でも結婚するけどな~。あ、聞いて~? 私たちそろそろ結婚するんだ~。今は光輝くんが長期出張に行ってて帰ってきたら結婚するの! だから上司に掛け合ったんだ~。一人じゃ寂しいから~光輝くんのサポートがしたいって~」
「そんな話はしてないんですよぉ!」
なんか忍さんと光が俺を取り合ってる……。当の本人の俺にどっちかと付き合ってる自覚もないのが変な話なんだけどな……。
「エージェントさん! 今のままだと光輝先輩と忍先輩が付き合うんですよね!?」
「ええ、そうですね」
「忍先輩! 何がきっかけで光輝先輩と付き合うことになったんですか!?」
「きっかけ……って言うとないかな~。2人とも大学生になって~一緒にいる機会が増えて~自然と~って感じ~?」
へぇ……特別なきっかけとかないんだ……。前回は殺されそうなところを庇うなんてドラマチックな展開だったんだけどな……。……ていうか……そんな特別な出来事がなくても忍さんと付き合えるんだなぁ……。
「にっしっし……。つまりわたしたちが解散しなければ、わたしと光輝先輩はずっと付き合えるってことですね……?」
「そうかもだけど~今私がここにいるのがそうならない証明なんじゃないかな~」
何か企んで小悪魔のような笑みを浮かべる光と、それを淡々と受け流す忍さん。だがそれでも光は諦めない。
「悪いとは思ってます……。忍先輩には悪いと思っていますけど、わたしにとっても同じくらい大切な未来の話です! 有名人になって……みんなから祝福されて、素敵な相手と一生を共にしたい……! 光輝先輩とだから、一緒にいたいんです! だから光輝先輩は絶対に譲れません!」
「ふーん……。まぁご自由に~って感じだけど~、光ちゃんは耐えられるかな~? 光輝くん意外と夜は激しいっていうか~……Sっ気が強いっていうか~ぇへへ。そこがかっこいいし愛されてるって実感できるんだけど~……」
「待って忍さんそれ以上言わないで!?」
「やば……!」
いつかと同じ、四者四様。光が宣戦布告し、忍さんが夜の話を語り出し、俺が引き止め、エージェントが急いで池の中に戻っていく。そのエージェントの行動の意味を理解したのはその直後だった。
「あれ~? その人だれ~?」
「し……忍さん……!」
俺たちの前に現れたのは忍さん。ただし大人ではない。
高校3年生の忍さんと27歳の忍さんが、出会ってしまった。




