第3章 第8話 悔い
「じゃーん♪」
カメラの前でポーズを決めた光に倣い、俺も同じポーズをとる。同時に音楽が止まり、俺たちを好意的な目で見学していた学校の奴らが手を叩いた。
「みんな応援ありがとー! 今の踊ってみたはそのうち『ピカリンチャンネル』に上がるから高評価とチャンネル登録よろしくー!」
観客に手を振る光を尻目に片付けを行い、俺も手を振ってその場を後にする。そして誰も見ていない物陰で光が一言。
「絶対バズるっっっっ!」
めちゃくちゃうれしそうにガッツポーズを取った。
「そっか、おめでと」
「ちょっとちょっとテンション低いですよ先輩! 今の人気は先輩の力も大きいんだから自信持ってくださいよー!」
俺と光の名前を取ったチャンネル、「ピカリンチャンネル」。開設から1ヶ月ほどが経ったが、俺の想像以上にバズっていた。
俺と光で毒にも薬にもならない何がおもしろいのかわからない動画を毎日投稿していくと、あら不思議。既にチャンネル登録者は30万人を超え、SNSもかなりフォロワーが増えていた。俺が関わっているとは思えないほどの成功っぷりに冷や汗すら出てくる。
「やっぱトレンドを先取りできるのはチートですね! 何より先輩の知名度による初期ブースト! 10年後には1000万人超えてるんじゃないですか!?」
「俺はエージェントの編集技術のおかげだと思うけど」
「それもありますね! さっすがAI! 教えたことは完璧にやってくれます! まぁでも? いっちばんの伸びた要因はわたしのかわいさですけど!」
「そうだな。じゃあ俺はそろそろ裏方回るわ」
「なんでですかぁっ!?」
「なんでってな……」
正直あまり悪くない気分ではある。大樹を庇ったことに加え、若者の流行の先駆け……インフルエンサーって言うんだったか? いや俺が知っているくらいだからそれも古い言葉になっているのかもしれないが、道を歩いているだけで写真撮影を求められ泣かれるのも億劫ではあるが、それだけ喜んでもらえるとやはり少しはうれしい。それでもだ。
「俺は人気者になりたいわけじゃないんだよ」
「だからそれがなんでって訊いてるんですよ! みんなが褒めてくれる! 成功が目に見えてわかる! お金もガッポガッポ! 大人だからこそわかりますよね? ほんの一握りの成功者。どうやっても手が届かなかった夢! それが叶ってるんですよ!?」
「お前はそれでいいのかもしれないけどさ……俺はただ大樹とか咲とか両親に勝てればいいんだよ。自分たちの負けです。今までごめんなさいって言われたいだけなんだ」
「同義じゃないですか! っていうか既にその夢叶ってますって! 後は情報を手に入れるだけ! きっと見つけたら擦り寄ってきますよ? ごめんなさいって言ってもらえますよ!?」
「そうかもしれないけど……そうじゃないんだよな……」
「……先輩の考えてることはわかりません。今の何が不満なんですか。この成功こそが、過去に戻ってきた理由でしょ?」
わからない……それは当然だろう。わかってもらおうとは思っていないし、わかってほしいとも思わない。俺は俺の悔いを晴らしたいだけなのだから。
「お前は過去に戻って今度こそ人気者になりたい。そうだよな?」
「それに加えて普通の生活や恋愛もしたい。全部いいとこ取りしたいんです。聖人は間違ってると言うでしょうけど……それって普通のことじゃないですか。誰だって過去に戻れたら、過去の悔いを晴らしたい。そう考えるのが当たり前でしょ?」
「俺もそうだよ。でも……将来のことはどうでもいい。10年後どうなっていてもいい。今を楽しく過ごしたいんだ」
「先輩……大人ですよね。わかってるでしょ? 子どもの頃何をしたかで、今後の一生。70年以上続く人生が変わるって。だから勉強は大事だし、部活もがんばる。全ては将来のためです」
「それは正しいよ。すごい正しい。でもな……俺がやりたいのは、子どもの頃の癇癪なんだ」
「癇癪?」
「弟だけ贔屓されててずるい。俺だってがんばってるんだから褒めてほしい。認めてほしい。そんな大人になってからは口にも出せないような、惨めなわがまま。それを聞いてほしいだけなんだよ」
「……将来のためじゃなく、子どもだからできることをやりたいと? それって意味あります?」
「俺の中では、ある。お前の言う通りこれから70年も生きなきゃいけないんだ。そんな長すぎる道のりを歩くのに、何も準備しないなんてありえないだろ? お前の場合は準備を整える。俺の場合は絶対に折れない自信を手に入れる。どっちもどっちって話だよ」
「まぁ……言ってることはわかりますけど……何の話でしたっけ?」
何の話だったか……俺もよく覚えていない。でも一つ言えることは……。
「俺は大樹に勝ちたいって話だよ。あいつのいないところで人気者になっても意味がない。あいつの目の前で、俺の方がすごいって認めさせたい。それだけだ」
「先輩……子どもすぎません?」
「いいんだよ、今の俺は子どもなんだから」
さて、日課のチェックをしよう。大樹たちの情報が流れていないか……。これだけ有名になったんだ。そろそろ情報の一つや二つ……。
「光輝、くーーーーんっ!」
スマホを眺めていると、遠くから黄色い声が飛んでくる。嫌味っぽいが慣れたもんだ。こういうのよくあ……。
「会いにきちゃった~えいっ」
「な……なんでいきなり抱きついて……」
声をかけられるのはよくあるが、抱きつかれるのは非常に稀だ。こういうのは俺がどうこうというより倫理的に……。
「だって私、光輝くんの彼女だも~ん」
その言葉に、顔を上げる。そこにいたのは、見間違えるはずもない。
「ノブノブ!?」
過去が変わったことで姿を消したはずの、大人忍さんだった。
第3章そろそろ終盤戦……の予定でしたが、大人忍さん個人的に好きなので早めの再登場です。もしかしたら第3章そこそこ長くなってしまうかもしれません。申し訳ございません。