第3章 第7話 人気者
「実際どうすっかな……」
咲が帰った後エージェントに身体を大人に戻してもらい、酒を飲みながら考える。大樹を見つけるとは言ったが手掛かりがない。学校を休んで捜しに行くのもなんか必死っぽくて嫌だしなぁ……。
「この歴史の10年後の大樹はどうなってんの?」
「さぁ。わたしは知らんです。興味ないですし」
同じく大人の身体になった光がカップに注いだ日本酒を一気に口に入れる。相変わらず酒強いな。俺なんて大学卒業してからどんどん弱くなってくばかりなのに。
「エージェントは?」
「いつも通りです」
どういう原理かバケツに注いだ水から姿を現しているエージェントも何も知らないときた。こっちも相変わらず使えるのか使えないのかわからない。
「父さんは会社辞めたんだっけ?」
「会社で噂にはなってるんじゃないですか。不仲で親から冷遇されている兄が弟を救った。それが最低限どの新聞にも取り上げられた情報です。プライドが高ければ会社に居続けるのは厳しいでしょ」
「じゃあ無理だな。退職金を受け取って田舎にでも引っ越したか。つってもたいした会社じゃなかっただろうしどっかで働かなきゃいけないか……大樹もあの頭の良さを中卒で終わらせるのはもったいないって思うだろうし……」
「んふふー。わたし、いい作戦思いついちゃいましたー」
身体が成長したことでパツパツになったメイド服でドヤ顔を浮かべる光。そして言う。
「わたしたちが人気者になればいいんです!」
……何言ってんだこいつ。
「悪いけど俺もう人気者だよ」
「うわー、ナルシスト。まぁ事実ですけど。じゃなくて! 今は10年前! それってつまり、まだ配信者全盛時代じゃないってわけですよ!」
「……そうかぁ? ほら見てみろよ。もうブンブン言ってる。案外10年前って最近だぞ」
「でもでも! まだ世間的に認められてるわけじゃないじゃないですか! 趣味の延長っていうか、元気でちょっと迷惑な若者っていうか。少なくともカップル配信者は少ないですよね」
「まぁそうかもだけど……カップル?」
「カップルで売っていきましょうよ! 今ちょうど人気な先輩と、かわいいわたし! 売り出すなら今です!」
「そういうのあんま見ないからわかんないけど……そんな上手くいくかぁ?」
「いけますってわたしたちはもう大人! 先輩は営業ができますし、わたしはプロデュースのいろはも知ってます。それで人気者になって、弟さんがどこにいるか教えてもらえばいいんです!」
「えぇー……なんかやだなぁ……」
「いいじゃないですかぁ! わたしだって人気者なりたいんですよぉ!」
「じゃあアイドルやれよ」
「なれなかったから言ってんでしょ!? アイドルほど厳しくなくて、ふっつーな生活も送れて、人気者! 最高じゃないですかぁ!」
まぁ理屈はわかる。未来のトレンドを知っている俺たち……というか光がいればある程度は何とかなるのだろう。でもなぁ……。
「いいのかよ。俺と付き合うって設定になるけど」
「言ったじゃないですかぁ、先輩ならいいですよって」
正面のソファから千鳥足の光が俺の隣に移ってくる。だが俺の三倍は軽く飲んでいる光は慣性に逆らえず、俺の身体に抱きつく形になった。そして真っ赤な顔で囁く。
「わたしだってもう25……今年26です。キスくらい……してみたいです。その相手が気心の知れた先輩なら……わたしも安心です」
安心……ねぇ……。挑発的な顔で俺に近づいてくる光に教えてやる。現実を。
「駄目だ。絶対にしない」
「えぇー? もしかして照れてるんですかぁ? かわいいわたしにぃ」
「いや、ゴムがない」
「……ほぇ?」
「お前は俺のことを童貞かなんかと勘違いしているようだけど、少し前まで彼女いたんだぞ。大学時代は普通に毎日のようにしてた。酔っ払った大人がかわいいお前とキスしただけで満足すると思うなよ。当たり前のように手出すからな。その覚悟がないならやめとけ」
「……はい」
すす、と光が俺から距離を取る。これでいい。これが正しい形だ。
「まぁでも……配信って案はいいかもな。俺が出るかは置いておいて、光なら最低でもそれなりには人気出るだろ。そして大樹を見つけ出して、今度こそ正々堂々勝つ」
それに、光が残した悔いがこれで解消されるなら。俺に反対する気はなかった。