第1章 第2話 告白
俺には三つの道がある。一つは大樹と咲、2人に復讐すること。10年間も俺を騙してきたんだ。多少痛い目に遭わせても文句は言われないだろう。だがこの時点の咲は、俺の彼女でも大樹の浮気相手でもない。俺と付き合い始めてから大樹と浮気するようになったという話が嘘でなければ、この選択肢はとらないだろう。
もう一つは咲と付き合わないということ。大樹に毒されたと思いたいが、10年間俺を騙して平気でいられるような女だ。そんな奴と付き合いたいとは思えない……と思いたいが、1時間前までは本気で結婚したい。生涯を共にしたいと想った相手だ。そう簡単に割り切れるほど俺の愛は軽くない。だからこの選択肢もあまりとりたくない。
だから最後……咲と付き合い、大樹に勝つ。……それができるだろうか。たとえこの選択肢をとったとしても、それは咲を好きだからではない。大樹に勝つために咲を利用しているのではないだろうか。それにまだ咲への愛情は残っているが、あの過去が……未来が。俺を騙し続けていたという事実が、俺の中からは消えることはない。まだ本当に咲を好きだと胸を張って言えるのだろうか。
「それで……五十嵐くん。急に呼び出して……どうしたのかな?」
わずかに頬を染めた咲が俺の顔を覗き込んでくる。かわいい。俺の見知っている姿より幼いが、魅力は少しも減っていない。大学入学を機にバッサリと切った髪はまだポニーテールを作っており、高校までやっていたテニスのせいか、肌は10年後より幾分か浅黒い。彼女の姿をまじまじと見つめ、ようやく本当に10年前に戻ってきたという実感を持つことができた。
「ああ……それは……」
「よう。何やってんだよ、兄貴」
もう二度と聞きたくないと願った声が、俺の耳と心を貫く。
「……大樹」
「お、咲ちゃんじゃん」
「あ、五十嵐くん。ひさしぶり」
馴れ馴れしく語り合う咲と大樹。俺と付き合う以前から知り合いだったのかと驚きつつも、俺はこう思った。
「……ダサ」
ダサかった。あんなにかっこいいと僻み続けてきた弟が、正直引くほどダサかった。馬鹿みたいに明るい金髪をツンツンと立たせ、ネクタイを緩め、制服を着崩し腰パンでヘラヘラと笑うイケメンが、死ぬほどダサかった。
なんだこいつ。ただのイキってるガキじゃないか。俺も髪が伸びっぱなしで相応にダサいだろうが、贔屓抜きに大樹よりはマシだと思う。
でも考えてみれば当然だ。男子高校生なんてチャラチャラして社会のルールから外れてる俺カッケーな生き物。大人から見てこんなに無様な存在はいない。
だとしたら、勝てる。こっちは咲にふさわしい男になるためにファッション雑誌を読みふけっていたんだ。経験人数でマウントを取るような脳みそ海綿体に負けるはずがない。
だが落ち着け。咲もまた女子高生。おそらくチャラチャラした男の方がかっこいいという価値観を持っているだろう。それに相手はあの大樹。努力なんてせずとも全てが上手くいく、そういう星の下生まれた完璧人間。俺なんぞが相手になるはずがない。それでも、それでもだ。
「愛生咲さん。俺と付き合ってください」
10年もないはずだ。俺と大樹の差は、10年もない。いや、あいつは一個下だから11年。11年も多く人生を重ね、それでも勝てないというなんてことはないはずなんだ。
だから咲と付き合う。きっと大樹はそれがおもしろくなくて、咲と関係を持とうとするだろう。それを止める。今まで散々見下してきた相手に負けるという絶望を味わわせてやる。
咲についてはその道中でいい。高校生は教師を舐めてるだろうが、大人が子どもの嘘に気づかないなんてほとんどないんだ。もしあの言葉が大樹に毒されたからではなく、元々の性格の悪さからくるものだったとしたら、その時はこっぴどく振ってやればいい。10年分の恨みも込めて潰してやる。
「それで……答えはどうかな」
俺の告白に生唾を飲み込んだ咲に訊ねる。だが聞かずとも、答えは知っている。
「「お願いします」」
確かめるための俺の小声を呑み込み、咲は再び俺の彼女になった。
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