第2章 最終話 変わる未来
結論から言うと俺は生きていた。目を覚ますまで1ヶ月。さらに入院が1ヶ月かかったが、俺は後遺症もなく生き残ることができた。内臓まで傷ついていたらしいが、俺にしてはかなり運が良かったようだ。
今は9月中旬。ようやく明日退院できるが、まだ腹がモヤモヤする。傷ではなく、心がざわついている。
俺が目覚めてからの1ヶ月。多くの人が病室を訪れた。両親は二週間に一回くらいとまぁ少ないが想像していたよりは多かったし、バイト仲間は誰かしらがほとんど毎日来てくれた。たいして仲の良くないクラスメイトもちょくちょく来たし、こんな奴いたっけと思うくらい覚えていない知らん旧友も来てくれた。事情を聴くために警察も来たし、野次馬のような新聞の記者や怪しさ全開の聞き覚えのない雑誌の記者も訪れた。
だが実の弟である大樹や、元カノの咲。この2人はどうでもいいとして、大人忍さん……ノブノブも病室に来てはくれなかった。後者の方は問題だ。来てくれなかったのではなく、来れなかったとしたら。それはこれからの10年間で何かが起きている可能性がある。なので。
「フィーーーーーーーーバーーーーーーーー!」
「エージェント、テストモード」
時間を見つけて誰も来ないトイレに行き、便器に折り紙で作った斧を落とす。すると便座を押し上げながら女神型ロボ、エージェントが出現した。トイレから現れた女神というおもしろい存在に俺は訊ねる。
「忍さんは生きているのか?」
「ええ、間違いなく。私のデータに彼女の社員情報は残っています。ですが過去へは来ていないようです」
「そっか……よかった……!」
忍さんは生きている。それがわかっただけで安心だ。
「じゃあ俺の未来はどうなってる?」
「さぁ。情報はありません」
「なら俺がタイムリープするきっかけは?」
「弟を身を挺して庇った英雄ならこの実験にも付き合ってくれるだろうというフェニックス上層部の考えです」
……英雄? なんだそれ。
「ようするに馬鹿だから騙せるだろうっていう頭のいい大人の策略か」
「そうでもないでしょう。私も機械とはいえ人間の感情は学んでいます。少なくとも好意的な反応が多いように感じます」
「そりゃそうだろうよ。人間ってのは善良な人間に好意を抱くもんだ。でもそれは自分に危害を加えないから。何をしても大丈夫な奴だからだ。そういう馬鹿な人間認定されたんだよ、俺は」
「……穿ち過ぎな気もしますが」
機械にはわからないだろう。この細かな人間の機微は。でも大人の俺はよく知っている。そういう人間がどんな扱いを受けるか。
「優しい人間なんかこの世にはたくさんいる。ただ多くの人はそれを上手く隠している。貧乏くじを引くからだ。俺はそれができなかった。ようするに、負け犬なんだよ」
2ヶ月前の事件でよくわかった。俺は勝ち組になれない、どうしようもない負け犬根性が染み付いた人間だと。あそこで大樹を庇わなければ……俺の未来も変わっただろうに。
「いいよ……わかったありがとう。帰ってもらって大丈夫だよ」
「……本当に大丈夫ですか? 現状が理解できていないようですが……」
「現状なんて俺が一番よくわかってるよ。俺は負けた。それだけだ」
エージェントに帰ってもらい、ベッドに戻る。そして眠ることにした。明日から始まる学校のために。きっと馬鹿にされることだろう。嘲られることだろう。弟を庇った善良で馬鹿な人間として。本当に嫌だ……吐き気がする。こんな人間には絶対になりたくなかったのに。大樹のような、勝てる人間になりたかったのに……。
「五十嵐、退院おめでとう!」
「は?」
翌日昼。一度誰もいない家に帰り学校に向かうと、教室に入った途端うるさいくらいの拍手に包まれた。
「すごいな! あんな嫌味ったらしい弟を庇うなんて中々できねぇよ!」
「ほんとほんと! 学校中のみんなが見てたよ! 五十嵐くんの雄姿!」
「それに犯人にも怪我をさせなかった! どんだけいい奴なんだよお前!」
たいして話した記憶もないクラスメイトからの称賛が口々に送られる。何だこの状況。俺は馬鹿をやらかしたんだぞ。それなのになんでこんなに褒められてるんだ。なんでこんなことになっている。
「……光輝くん!」
現状を理解できずにいると、抱きついてきた。
「私ともう一度付き合ってくれない……?」
咲が。俺を裏切った咲が、俺に媚びていた。
「ふざけんなよ……!」
咲を引き剥がし、教室を飛び出す。そしてトイレで嘔吐した。この現状に。咲の手のひら返しに。
「何が起きてんだよ……!?」
この理解不能な現状に、俺は吐き続けることしかできなかった。




