第2章 第7話 嫌な奴
「俺が一番嫌いなのは、努力もしないくせに才能に満ちていて何をしても成功する奴です。相手が努力しているのなら納得もできるけど、そうじゃないのにがんばっても追いつけないのは悔しくて仕方ない」
「いだだだだ……!」
拳を受け止めて軽く握りしめると、さっきまでの威勢はどこへやら。男は苦しそうに悶え出す。当然だ。俺は大樹に勝てないだけで、努力は重ねてきている。勉強も運動も。そんじょそこらの奴に負ける道理はない。
「そういう奴を事実を基に批判するのは理解できます。こっちががんばっているのに相手がルールを無視していたら腹が立ちますから。でも二番目に気に食わないのは、何の努力もせずに強い奴を下げようとする怠け者や、下を見て満足するようなゴミ。勝つ努力もしないで相手の足を引っ張ることしかできない奴が勝負の土俵に上がってくるな。そうは思いませんか?」
「やめてごめんやめてやめて……!」
こんな奴を痛めつけても意味はないので手を離し、乱れた制服を直す。身だしなみは基本だ。まずは格好から入らなければ中身が追いついてこない。
「確かに俺は弟に勝てない情けない兄です。だからって負け犬で居続けられるほど惨めでもないんで。あんたらと同じにしないでください」
こいつらの行動原理はわかった。嫉妬の女と現状維持の男。若林程度なら今の俺ならどうとでもできるだろう。そんな奴らに構っている時間はない。
「大樹、帰るぞ」
「あ? なんで俺がてめぇの言うことを……」
「いいから来い。お前はもう忍さんに振られてるだろ? ここにいても惨めなだけだぞ」
「……チッ、わかったよ」
教室を出て一度頭を下げ、大樹を見る。こいつも根本的にはああいう奴らと変わりはない。だが決定的に、才能が違う。努力もしていないのに俺より上にいる、一番嫌いな奴。
「珍しいな。兄貴があんなにイラつくなんて」
「別にイラついてないよ。ただあいつらが間違ってたから指摘しただけだ。子犬の顔をした猛獣に手を出したらかわいそうだろ?」
「その言葉そっくり返すよ。いつまでも俺に構ってくんな、負け犬」
「負け犬にもプライドはあるんだよ」
俺と大樹が面と向かってちゃんと話をしたのはいつぶりだろうか。だがいい機会だ。ちゃんと言っておこう。
「忍さんに手を出すのは自由だ。でも咲を振ってからにしろ。そうじゃないと忍さんはお前に見向きもしないぞ。そんくらいわかってんだろ、お前なら」
「知るかよ。俺は俺がほしいと思ったものは必ず手に入れる。あのロリ巨乳はお前には勿体ねぇよ」
咲は奪われた。そして今度は忍さんも奪おうとしている。兄弟だからだろうか。何か惹かれ合うものがあるのかもしれない。だが。
「俺のことなんかどうでもいい。忍さんを傷つけたら、俺はお前のことを絶対に許さない」
「傷つけはしねぇよ。一緒に楽しむだけだ」
もう二度と負けられない。絶対に勝たなければならない。油断はしない。忍さんの幸せを守るためにも、必ず俺が勝ってやる。