第1章 第1話 エージェント
「なんだ……? どうなってる……!?」
ほんの数瞬前まで、俺は船の上で夜の海を眺めていたはずだ。それなのに今見ている景色は古びた校舎や、どこか見覚えのある人々。俺の着ていたスーツもこの日のために買ったスーツから、3年間着古した制服に変わっている。
夢かもしれない。だが夢以前にこの場所は。俺が約8年前に卒業した高校だった。
「夢……でいいんだよな……?」
夢ならいい。だがこれが現実だった場合、どうなるんだ。下手したらあの絶望的な今に戻りたいと思ってしまうくらい不安でたまらない。わからない。わからなければならない。この状況を。なので俺は中庭の池に十円玉を投げることにした。
「……何やってんだ俺」
この行為に意味があるとは思えない。ただ同じ行為をするしかなかった。水面に大切なものを投げ捨てる。もう一度この行為をすれば、出てくるかもしれないと思った。あのおとぎ話のような女が。
「あなたが落としたのは金の十円玉ですか? それとも銀の十円玉ですか?」
「……ほんとに出たよ」
何から何まで理解できないが、ただ言えることは。引くほど汚い池の中から、あの時と同じ女が現れた。
「……銅の十円玉です」
「あなたは正直者ですね。褒美に全ての十円玉を差し上げましょう」
「待った待った待った!」
金の斧の童話で誰もがイメージするような純白の衣服を纏った女性に制止をかける。そんな偽硬貨をもらっている場合じゃないんだ。
「その……全部教えてもらっていいですか……? この状況の全てを……! あなたは何者なんですか……!?」
「私はエージェント。女神型ロボです」
「ロ、ロボ……!?」
「それでは」
役目を終えたからか。俺の質問に一つ答えると、すぐに池の中に帰ってしまった。
「…………」
「あなたが落としたのは金の十円玉ですか? それとも銀の十円玉ですか?」
また十円玉を投げ入れると、さっきと同じ台詞を吐きながら女神ロボ、エージェントが戻ってきた。
「……銅の十円玉です」
「あなたは正直者ですね。褒美に全ての十円玉を差し上げましょう」
「いやそれはいらないから……女神型ロボってどういうことか教えてください」
「そのままの意味です。とある機関により開発された私はその実験のために海へと放たれました。その直後あなたが指輪を投げ捨てたため、女神型ロボの役目を果たしました。そして実験結果を得るため、あなたの行動を観察しています」
俺の質問に答え、再び帰っていくエージェント。つまり俺はたまたま何かの実験の被検体になったらしい。それについても深堀りしたいが、今はそれよりもだ。もったいないので一円玉を投げ続け、答えを聞き続ける。
「五十嵐光輝様が指輪をいらないと申されたので、その指輪が手に入れる原因となった10年前に戻すことにしました」
「はい。これは夢ではありません。あなたの望みと私のテクノロジーを使った時間逆行です」
「戻る術はありません。10年前のあなたの存在にそのままあなたを上書きしたので」
「その通りでございます。何をしようが、ここは五十嵐光輝様の現実。新たな人生の舞台となります」
「ええ。実験の内容はどこにも公開されません。さらなる技術発展のためのみに使わせていただきます」
世にも奇妙な連コの結果ついに答えは出た。どうやら俺は本当に10年前に戻ったらしい。そして10年後に戻る術はない。これが俺の、新たな現実のようだ。
つい数分前まで不安と焦燥でおかしくなりそうだったが、理由を聞いたおかげで少し冷静になれた。
つまり大樹と咲に騙され無駄にした10年間を、やり直すことができる。どころかあいつらの企みを潰し、報いを与えることだってできる。全てを知っている俺が、全てを奪ったあいつらに復讐することができる。
「それでは」
エージェントが再び池の中に戻っていく。まだ聞きたいことがあったので一円玉を投げ入れようとすると。
「お待たせ、五十嵐くん」
聞き覚えのある、聞きたくない声が俺に届いた。
「……咲」
そこにいたのは俺の元カノ、愛生咲。どうやら俺が呼び出していたらしい。その理由は一つだ。
「それで……話って、なにかな……?」
今ここにいる元カノは、彼女であった期間すらない。今彼女になる瞬間を迎えていた。
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