第2章 第1話 迷走
「咲!」
俺の叫びに教室が妙な緊張感に包まれる。約1ヶ月前俺が咲と別れたことは周知の事実。しかも振られた方が自信満々に相手の机に近づいているんだ。とても普通ではいられないだろう。
「ど……どうしたの……? 五十嵐くん……」
そしてわざとらしく俺を苗字呼びする咲もまた、何か不穏な空気を感じて戸惑っていた。だがそんな態度を取れるのは今の内。すぐに俺に謝罪し復縁を要請してくるはず。なぜなら俺は!
「ギター弾けるようになった!」
「……おめで、とう……?」
あれ……? なんでだろう、反応が薄い。だってギター弾ける男ってモテるはずだろ? しかも大樹にはできないこと。つまり俺の勝ち! なのに……あれ、なんで……?
「あんた迷走しすぎ」
逆に俺の方が戸惑ってしまっていると、教室の扉が勢いよく開き、馬鹿みたいに明るい金髪のギャルが入ってきた。
「光輝、ちょっと来て」
「翠……」
牛島翠。俺のバイト仲間で俺の親友。だが学内で俺に話しかけてくるのは非常に珍しい。別に噂になるのが嫌とかいうわけではなく、単純に一匹狼気質なだけだが。
「ほら早く」
「ちょっと待って……っ」
俺の事情を気にも留めず腕を引っ張る翠と、それを止める咲。気づけば教室の空気がさっきより重くなっている気がする。俺と翠の関係を知っている奴は恐ろしいほど少ない。
「光輝くんを……いじめないで……っ」
だからこの光景は、ド派手なギャルがクソ地味男を虐めるために連れ出そうとしているように見えたのだろう。翠はそんな奴じゃないんだが……。
「あ?」
だが咲の机に片脚を乗せ凄んで見せた翠の姿は、もうそういう奴にしか見えなかった。
「あんたなに良い人ぶってるわけ? じゃああたしも言わせてもらうわ。浮気しないで。ほら言うこと聞けよできないんでしょ? こんな当たり前のこともできないんでしょ? じゃあ口出してくんなよクソビッチ」
翠は基本的に笑わない。他人に合わせるのが苦手だから。いつも怒っているように見えるが、その実何も考えていないだけ、というのが多い。だが今の翠は、確実に、めちゃくちゃに、怒っている。机に乗せていた脚でその机を転がし、翠は言う。
「人間として当たり前のこともできない奴は人間扱いされなくても当然でしょ? あんたが何を言おうがあたしが聞く義理もない。あんたはそういうことをしたんだよ。反省しなくていいから一生話しかけんな、ゴミ女。あんたみたいなのが一番嫌いなんだよ」
言いたいことだけ言い放ち、翠は俺を連れて教室を出ていく。そして俺を連れ込んだ空き教室で。
「別にバンドマンはモテない」
俺の作戦もめちゃくちゃはっきりと否定した。
「いやそんなはず……」
「バンドマンがモテるのはイケメンがバンドやっていることが多いから。普通の奴が楽器やってモテたら、それは演奏技術がすごいだけ。なんか間違ってる?」
冷静に考えたら……そんな気がする……。俺が納得して黙っていると、翠は大きくため息をついた。
「あんたの気持ちはわかるけどさ……迷走しすぎ。もっとちゃんとしたことで努力しなよ。時間もったいないから」
「いやでも……まっとうに努力したって大樹には勝てないんだって」
「そりゃそうかもしんないけどさ、あんたには他の奴にはない取り柄があるでしょ?」
「え、なにそれは。そんなのないんだけど」
「努力できること。結果は出ないけどね。それと自信だってちゃんとある。根拠はないけどね」
「それって意味ある?」
褒められてるのか貶されているのかわからないが、翠は褒めも貶しもしない。感じた事実をただ言っているだけだ。だから翠の言うことは信用できるのだが……。
「合コンセッティングしたから。さっさとあの女のことは忘れなよ」
それは理解できなかった。
「合コンか……。別に彼女がほしいんじゃなくて咲だから彼女にしたかったんだよな……。ていうか翠俺以外友だちいないじゃん」
「その少ない人脈で用意したって言ってんの。まぁほとんど忍さんのツテだけど」
なるほど……。でも合コンか……。高校からずっと咲と付き合ってたが、数合わせに何度か参加したことがある。でもそれは大学生になってからのことで、酒が絡まない合コンというもののノリがわからない。積極的に話回せるほどのポテンシャルはないしな……いや待てよ……。
「男側……一人増やしていいか?」
「それは別にいいけど……あんただって友だち少ないでしょ」
「いや、大樹を呼ぶ」
「はぁっ!? あいつ彼女いんでしょ? しかもイケメンでコミュ力ある奴来たらあんたに勝ち目ないじゃん」
いや、大樹は来る。あいつはそういう奴だ。そして合コンも百戦錬磨なことだろう。だが10年前なら。さすがに俺の方が経験が多い、はず!
「まぁ見てろよ。モテるのは必ずしもイケメンだからじゃないんだよ」
「イケメンだからって浮気された奴が言う台詞じゃないけどね」
めちゃくちゃ心にグサっと来たが、問題ない。10年間積み重ねた俺の経験。見せつけてやるよ。
前回は申し訳ありませんでした。批判は想像していましたが、ここまでとは思いませんでした。ですが前回が底値。ここからはどんどん上がっていきます。どうぞご期待ください。
おもしろい、続きが気になると思っていただけましたら☆☆☆☆☆を押して評価とブックマークのご協力をよろしくお願いいたします!