第1章 第11話 雑談
「あだまいだ……」
しばらく感じていなかった二日酔いを覚えながら目を覚ます。床で寝ていたからか頭だけでなく身体全体が痛い。もうしばらく酒はいいな……。
「くー……くー……」
立ち上がってみると、忍さんが寝息を立ててソファで寝ていた。背もたれに右脚を乗せた大胆な格好で寝ている忍さんのスカートの上に毛布をかけ、肩をゆする。
「忍さん、もう昼。11時回ってる」
「ぅえ遅刻!?」
さすがは社会人。遅刻を悟った瞬間に跳び起きたが、俺の顔を見て状況を理解して大きく息を吐いた。
「ぉはよ~……煙草吸ってくる……」
そして昨夜は散々部屋で吸っていたのに、わざわざベランダまで出ていった。俺もついていくと、昨日からのスーツのまま床に座り、俺に一本差し出してきた。
「一本あげる~」
「俺煙草吸ってないよ」
「そうだっけ~? いつも翠ちゃんと吸いに行ってなかった~?」
「翠が一人じゃ寂しいって言うから。忍さんも吸ってるならもっと早く言ってくれればよかったのに」
床に落ちていたライターで忍さんの煙草に火を点けてあげると、ライターをもぎ取って代わりに煙草を渡してくる。仕方なく咥え、大学生ぶりの喫煙をした。……相変わらずまずい。これのどこがいいんだか……。
「いや~なんかこうしてると昔を思い出すね~」
「パーさんの家でね」
「パーさんパーさん! なつかし~! まだファミレスなんだっけ?」
「確か。まだ漫画家諦めてないみたいだよ」
「へ~すごいな~! 大人になってからわかるよね~……。夢を追い続けることのすごさ。私じゃ真似できないな~」
「今年37だからな……。幸せになってほしい」
「なんなら流行る漫画教えてあげたら~?」
「駄目だよあの人こだわり強いから」
そんなことを話しながら、2人で空の缶コーヒーを灰で満たしていく。無為で無意味な時間。昔はこういうのに退屈を感じたが、今になってわかる。こういう時間が一番幸せだったって。
「今度同窓会しようよ……って、できないか」
「ファミレス行ったら会えるよ。相席する?」
「や~あんまり人と関わるなって言われてるんだよね~。ちょっとなら問題ないだろうけど。それに昔の自分とか恥ずかしくて見たくない~!」
「かわいかったよ。昔の方が」
「そりゃJKには勝てませんよ~。今じゃメイクなしで仕事するなんて無理だな~」
「今してんの?」
「してるよ~! 気合い入れてきた! まぁ寝ちゃったからちょっとやばいかもだけど……。ていうか女の子がメイクしてるかもわからないくらい鈍感だから浮気されちゃうんじゃないの~?」
「彼氏できたことのない忍さんにはわからないかもだけど、男って女のメイク本当に興味ないからな。かわいいかかわいくないかだけだ」
「うわさいて~! 咲さんに同じこと言ってないよね~?」
「彼女に言える度胸はないよ。忍さんだから話してるんだ」
あまり吸っていなかった俺より先に忍さんの煙草がなくなる。もう一本吸うかと思いライターを持ったが、忍さんは何も持たずに膝を抱えながら顔だけでこちらを見てくる。
「……昨日言ったっけ? 光輝くんがその……変わった未来でも、浮気されてるって」
「聞いた。めちゃくちゃ覚えてる」
「そっか……ごめん、聞きたくなかったよね。私お酒飲むと口が軽くなっちゃって……」
「今に始まったことじゃないだろ。それに何となく俺もわかってた。この程度の努力で10年も騙し続けられる奴らが改心するわけないって」
「……じゃあ、たぶん改めてになると思うけど、言うね。咲さんに付き合うだけの価値はある? 結婚して幸せにしたいと、今でも思ってる?」
「…………」
俺の答えも昨夜と変わらない。何も答えられない。どうやって話題を変えようかと思っていると、いつしか煙草がほとんど灰になっていることに気づいた。慌ててコーヒーの缶に吸い殻を捨てる。
「この時代の私は。押せば、落ちると思うよ」
吸い殻に気を取られていた俺に、その言葉が届けられる。見ると、そう口にした張本人は目の前の壁だけ見て新しい煙草に火を点けていた。
「…………」
なぜだか無性に咲に会いたくなった。今の言葉を受け入れたわけじゃない。忍さんと付き合いたくないわけでもない。ただ会いたい。それだけだ。
このまま続けていても、きっといつか大樹に奪われる。それは変わらない未来なのだろう。
だとしたら決着をつけなくてはならない。咲と付き合うでも、別れるでも。何かしらけじめをつけないと、俺はまた過去を繰り返すだけだ。
咲と会わなければならない。あの振られた日から、前に進むために。
次回から第1章クライマックスになります。よろしくお願い致します。