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序章 金の過去 銀の未来

「俺と結婚してください!」

「あ、ごめん。あなたの弟と結婚することにしたから」



 それは交際が始まった高校2年生の5月10日からちょうど10年後の夜のこと。プロポーズのために奮発してディナークルーズに赴き、月明りが照らすデッキの上で膝をついて指輪を差し出した瞬間、俺は振られた。



「……ごめん。今なんて言った?」

「だーかーらー。光輝くんの弟の大樹くんと結婚することにしたって言ってんの」



 言葉の意味はわかっていた。だがわかりたくなかった。しかしここは逃げ場のない船の上。現実は容赦なく俺を責め立てる。



「やっとかよ。待ってる身にもなれってんだ」

「あ、大樹くんこっちこっち!」



 顔を上げたまま動かせない俺の視界に、奴が映る。プロポーズの予定だった俺より上等なスーツに身を包み、夜だというのにサングラスをかけたオールバックの男。俺の一個下の弟、五十嵐大樹(いがらしだいき)が俺の彼女の背中に手を回していた。



「なんで……お前がここに……」

「あ? そりゃ咲に呼ばれたからだよ。プロポーズされるかもしれないから助けにきて、ってな」



 俺の彼女、愛生咲(あいおいさき)はその言葉を訂正することもなく、肩を抱かれうっとりとした顔で俺の弟を見上げている。なんだ? 何が起きてる? なんで……いつから……。



「いつから……浮気してたんだよ……!」

「10年前から」

「っ……!」



 あまりにもあっさりと告げられたその真実に言葉が出ない。正確ではないだろうが、俺が付き合ってすぐに。その間大樹は何人も彼女を変えていたのに、浮気し続けていた。俺を裏切り続けてきた。



「……なんで……」

「なんでって……笑かすなよ。俺がお前を嫌ってるのは生まれた時からだろ? 何をやっても俺に勝てない負け犬。いや、そのくせ無駄に張り合おうとしてくるからうざったいハエって言った方がいいか。そのハエが社長令嬢で超絶美人の咲と付き合ったってんだぜ? そんなの許すわけないだろ」



 俺の弟、五十嵐大樹という人間は完璧だ。顔は良いし、背は高いし、頭も切れる。まともに勉強もしてないくせに人当たりはいいから推薦で俺よりランクの高い大学に進んだし、部活ではマネージャーと遊んでるだけなのに元のセンスでずっとレギュラーだった。大学ではまともに授業も出ないくせに単位を落としたことはないし、卒業後は起業。今では俺の年収が大樹の月収となっている。



 そして俺、五十嵐光輝(いがらしこうき)は完璧人間の正反対だった。何をやっても駄目。勉強も運動もコミュニケーション力も、どれだけ努力しようが結果は出なかった。必死に勉強しても大樹が進んだ大学には落ちたし、入社した会社は無名の中小企業。弟の劣化と言われ続けた人生だった。



 そんな劣等感に満ちた人生でも今日まで歩んでこれた理由は、彼女がいたからだ。咲を幸せにするために、勝てない相手に必死に挑んできた。その結果が、これだ。



「ごめんね光輝くん。初めは光輝くんが好きだったよ? でもさ、どう考えても大樹くんと付き合った方がいいわけじゃん? だからキープくんになってもらってた。私のわがまま何でも聞いてくれるいいATMだったしね」

「よかったじゃねぇか褒めてもらえて。お前の人生でそんな貴重な経験滅多にないだろ? あーそうそう、母さんも父さんも俺と咲の結婚に賛成してくれてるから。咲の両親もな。中小企業の下っ端と、社長。社長令嬢の結婚相手としてどちらがふさわしいか、お前でもわかるだろ?」



 わかっている。俺が一番わかっているよ。出来のいい弟だけをかわいがって、俺のことをずっと無視し続けてきた両親だ。あいつらが何を言うかなんて、聞く必要もないくらいにわかっている。



 だから努力し続けてきたんだ。結果は出なかったけど挑み続けてきたんだ。咲にふさわしい男になるために。



「そういうことだから。10年間ありがとね。あ、結婚式は来ないでね。迷惑だから」

「安心しろって。こいつに今さら実家に戻る度胸はねぇよ。俺と比べちまって惨めになるからな」



 気がつけば船は陸に着いており、目の前から2人の姿は消えていた。それでも動けない。歩き出せない。もう、無理だった。俺にはもう、前へ進むことは……!



「…………」



 柵にもたれかかり、暗く重苦しい海を眺める。ここから落ちれば死ねるだろうか。なんて考えるだけ無駄だ。どうせ死ぬ度胸なんてないのだから。今殺すとしたら、俺じゃない。咲との想い出だ。



 律儀に給料3ヶ月分の金を出して買った指輪。俺にはもったいないくらい輝いているこの指輪だ。大樹なら数日働いただけで買えるこのちっぽけな指輪を捨てよう。内側に「K-S 10」と俺の全てが刻まれてしまっていて、売っても二束三文にしかならないだろう。



「……さよなら、俺の全て」



 投げ捨てた指輪が月の光に照らされながら、月が反射する水面へと落ちていく。案外綺麗なものだ。俺の人生とは思えないくらいには。



「……帰ろう」



 いつまでもここにいても迷惑がかかる。俺の全てに背を向けたその時。



「あなたが落としたのは金の指輪ですか? それとも銀の指輪ですか?」



 海から。声が聞こえた。



「……!?」



 慌てて振り返ると、そこには人がいた。月が反射する海面に、綺麗な女性が。一瞬溺れているのかと思ったが、明らかにそうではない。なんせ水面に立っていたのだから。



「えーと……その、エメラルドの指輪です……」

「あなたは正直者ですね。褒美に全ての指輪を差し上げましょう」

「いやいらないから捨てたんだけど……」



 人はあまりにも驚きすぎると逆に冷静になるものだ。10年間に渡る裏切りを聞いた直後なら尚のこと。だがこれだけは、冷静ではいられなかった。



「いらないのですね。ではその通りに致しましょう」



 次の瞬間俺は、10年前。指輪を作るきっかけとなった咲との交際前の時間へと戻っていた。

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