第七章
龍牙と零の行く末は――
「せっかくまた会えたってのに、なんも言わないで帰るつもりだった?」
「そ、そういうつもりじゃ、ないけどさ……」
ホールの扉前で痴話喧嘩のような会話をしている。久々に会うからか、告白された記憶がよみがえって顔を見て話すことができない。これまでの私は、彼とどんな顔をして話をしていたっけ……
「……もう帰るなら、二人で抜けないか?」
「あ、うん。」
龍牙は自分の車で会場に来ていたようで、慣れた様子で車のロックを外すと隣に乗るよう誘導する。輝き続ける夜の街をただ、静かに走っていく。
しばらくして龍牙が重い沈黙を破った。
「元気にしてたか?」
「え?うんまあ……なんでそんなこと聞くの?」
「なんか高校の時より痩せて見えたからさ。ちゃんと食べてるのか?そのままいくとちびでがりがりのまま死んじまうぞ。」
「一応ちゃんと食べてるし、そこまで痩せてない……というかもうそんなに小さくないよ!」
「はははっ、そうかよ。ならいいけど。」
彼は軽く笑ってそう言った。やはり彼と話すと不思議と落ち着く。ありのままでいても受け入れてくれるという安心感がある。
「ごめんね。あの時の返事しないままで。」
「……別に返事ほしくて言ったわけじゃねえから。」
「でも、気になってるんでしょ?」
「それは!……まあな。」
一瞬大きな声を出したものの、平静を取り戻した声で彼は言う。信号を待つ彼の横顔を見ると、耳が赤かった。
「…………」
ずっと、告白された日のことを考えていた。彼の言葉を聞いた直後は恥ずかしさと嬉しさが心の中に同時に存在していて、自分でもよくわからなかった。彼が差し伸べた手を取る選択が正しいのか、取ったとしてその後どうしていきたいのか、本当に幸せになれるのか――
「……確認しておきたいんだけどさ、今でも私に対する気持ちは変わってないの?」
「ああ。もちろん。」
「即答じゃん。恥ずかしい奴だなあ。君は。」
「うるせえ。」
「ははっ。幸せ者だね私は。でも……君の気持ちには答えられないや。ごめん」
「理由は?」
「君と一緒になれたなら、私はきっとこの上なく恵まれた人生を進める、と思う。でも君は、君はきっと私と一緒になったら傷ついてしまう。だから――」
「だから私は一生独りでいます、ってか?」
続きの言葉は彼に奪われてしまった。
「お前はほんっとに……どうしようもないあほだな。」
「これでもいろいろ考えての結論なんだけどなあ。」
「どう考えたらその結論に行くんだよ。まあお前のことだから曲げるつもりもないだろうし……思ったよりダメージ来るな。」
「いやほんとにごめん。」
「追い打ちかけるように謝んな。余計につらいわ。」
龍牙は要領よく立ち回れて誰にだって優しいし、顔だちもいい。私よりできた人間なんてごまんといるのだからきっといい人に巡り合えることだろう。私はそれを見送るだけで十分だ。体の内側で吐き続けていたつらい日々を乗り越えられたのは彼の言葉がひそかに私を支えていたからだと思う。
でも、だからこそこれ以上は彼に頼ってはいけないと思った。もう私一人で立って歩き出せるようにしていかなければ。そうしてやっと、私は向こうで待っている彼女――茉莉に胸を張って大丈夫だよと言えない気がした。
「送ってくれてありがとうね。」
「これくらいはな。」
「じゃあ、ね。」
彼は別れの言葉も言わずに車を出した。
部屋に入ってそのままの姿でベッドに倒れこむ。枕元に置いていたナズナの栞を手に取って胸に押抱く。
そうやって毎日、眠るように死んでいくのだ。
次の茉莉の話で最後です。