第三章
六年生になった。まつりといると時間があっという間に過ぎていく。まつりといるだけで何も変わらない毎日でも楽しい。でも、そんな中にも小さな変化があった。ガキ大将との一件で先生を呼んでくれたあの子だ。まだ顔はちゃんと見れないけれど、ほかのクラスの子より黒いぐるぐるは少ないように思えた。雨汰という、きれいな名前の男の子だった。
「山本さんは、どんな本が好きなの?」
「ファンタジーが、好きかな。あ、ミステリーも好き」
名前を教えてもらってからというもの、まつりとだけでなく、うたと一緒に過ごすことも多くなってきた。周りから見れば何ということはないかもしれないが、当時の自分にとってはとても大きな変化であり成長だった。
彼とはよく本の話をした。お互いお薦めの本を持ち寄って読んだり、読んだ本の内容について話したりと、友達らしいことができて嬉しかった。
しかし、自分がうたと話している時まつりは混ざってこなかった。またそのときから少しずつ、まつりの機嫌が悪くなっていった。話しかけてもそっけなく、会話が全く続かなくなった。そんなぎくしゃくした状態が続いて一週間ほど経ったとき、初めてまつりと一緒にいるのが気まずいと思ってしまった。
「ね、ねえ」
「なぁに?」
「わ、私、まつりに何かしたかな……だとしたらごめん。」
まつりとはもっとずっと一緒にいたい。初めての友達をなくしたくないという気持ちに駆られて出た言葉だった。
「むー」
なのにまつりは、彼女の精一杯のしかめっ面でうなっただけだった。
「あの、えっと……」
「むー」
どうやら、彼女の虫の居所が悪い原因を自分に教える気は無いようだった。しばらく考えて、答えが出た。
「あ、う、うた君と仲良くしてるのがよくなかったのかな……?ご、ごめんね。まつりがきらいになったわけじゃ、なくて……あの」
必死に取り繕った言い訳を並べていると、ぬっと手が伸びてきて自分の両頬にまつりの手が押し付けられた。
「んむ」
押された反動で変な声が出る。しばしの間タコみたいな顔にされたのち、今度は頬をつねられた。
「い、いひゃいよ。まふり……」
頬が引っ張られてまともにしゃべれない。
「……」
まつりは、何も言わずに自分の顔を見下ろしている。図書室の静けさと相まって、絵本コーナーの空気がひりつく。
「なか、いいの……?」
「へ?」
「そのうたっていう子と、そんなになかいいの?」
どうやら、彼女が不機嫌な理由は当たっていたらしい。
絞り出されたその弱々しい声はいつものまつりからは想像もつかないほど小さく、苦しそうだった。その声に比例するように彼女の手から力が抜けて体ごとだらりと床にくずおれた。
「まつりほどじゃないよ。顔、ちゃんと見れないし」
「ほんとに?」
言い訳じみた答えにまつりは、何かを願うように確かめる問いを投げかける。いつの間にか彼女の目はうるんでいて、今にも涙があふれてしまいそうなほどだった。
「本当だよ。」
「……!よかったぁ!れいが取られちゃってはなれて行っちゃうのかと思った」
そう言って自分のみぞおち辺りに飛びついてくる。その様子があまりにも愛らしくて、まるで子を慈しむ母親のようにそっと彼女の頭を撫でた。
「だいじょうぶだよ、まつり。わたしはどこにも行かないから。」
たとえまつりが他のだれかと親しくなっても、自分からまつりのもとを離れる気など毛頭ない。そんな気持ちを言外に含んで、彼女に伝えた。
ちょっとした仲違いの末、仲直り出来た自分たちはすっかり気の置けない仲になった。まつりといるときだけはどもることもなくなり、心なしか以前より表情豊かに話ができるようになった。一方まつりも、自分の名前を呼ぶときの違和感はなくなり、より一層表情を輝かせて話すようになった。
このときの自分は、互いに互いを成長させる存在になれたことに得も言われぬ喜びを感じていた。
続く