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眠るように死んでいく花々  作者: あーる
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第一章

 小学三年生の時、初めて顔が見える子に出会った。転校生の女の子だった。その子はクラスの、いや学校中の誰よりもきらきらしていて、可愛らしかった。転校してすぐのころはクラスのいろんな子に話しかけられていた。

 しかし、その子はただにこにこと微笑むだけで誰の質問にも答えなかった。その様子を見た子はみんな興味を失ったとばかりにその子から離れていき、やがてクラスで孤立するようになった。中学や高校ならば、高嶺の花としてもてはやされていたかもしれないが、小学生にそんな大人な発想はない。


 ことの様子を教室の端っこ、通路側の一番後ろの席で聞いていた。クラスメイトが興味を失うのとは反対に、その子にだんだん興味がわいてきた。そんな思いを内に秘めて誰の目にもとまらぬよう、机を眺めていると横に誰かが来た。条件反射で身をすくめると、上から声が降ってくる。

「ねえ。」

怖くて、机と向き合ったまま喋る。

「な、なに?」

「図書室、つれて行ってくれないかな。」

何故そんなことを自分に聞いてきたのかわからなくて、怖いのを忘れて左上に顔を動かしてしまった。

「……え」

 そこには転校生のあの子が立っていた。みんなに囲まれていた時と同じであろう微笑をたたえて。たくさんの黒い顔が、こっちを見ている。その場から早く離れたくて、立ち上がってその子の手をつかんで教室を去った。


 見られているような気配を感じながらも、どうにか図書館まで逃げることができた。あの黒い顔には大きくなっても慣れない気がする。そのまま、二人きりになれそうな場所を必死に探して隠れるように隅の丸いクッションに座った。どうやらここは絵本コーナーのようだ。他より低い棚に、色とりどりの背表紙がずらりと並んでいるのを見て、ようやく心がすとんと落ち着いた。

 午後の陽気がブラインド越しにさしてくる。自分たちがいる所だけが光っていて、ここだけ世界から切り離されたみたいだと感じた。

「ありがとう。」

天使のように微笑んでその子は言った。

「ど、どうして、わたしに……?」

未だ声をかけられた理由が分からなくてその子に聞いた。この時初めて、人の目を見て話ができた。

「……」

ぷっくりとした愛らしい唇をすこしすぼめながら、その子はしばし考えるポーズを取ってこう言った。

「なんとなく、かな。」

「あ……そう。」

 こういうときどう反応するのが正解なのかを誰か教えてほしい、とこの瞬間切に願った。

この日のお昼休みは二人でお互いのことを話し合って終わった。頭の上でチャイムが横切っていく。

「あ。」

「チャイム、鳴っちゃったね。もどろっか。」

「う、うん。」

 すっと立ち上がって出口に向かうその子を慌てて追いかける。次の授業が始まるまで、黒いクラスメイトの顔がこっちを見ていたことは言うまでもない。いつも通り机と向かい合って流した。

 ところが。その日の放課後、さようならの挨拶をしてすぐに帰ろうとランドセルをしょって振り返るといかにもガキ大将といった風のクラスメイトが取り巻きを連れて立っていた。


嫌な予感がする。


「おい、おまえ‼あの転校生となかいいのか!」

ちょっとけんか腰で聞いてくるところが怖くて嫌いだ。

「そ、それ、は……」

「なんだ!言いたいことがあるならはっきり言え!!」

「ひっ!?」

気持ち悪い、自分のおびえる声がこぼれ出る。

「そうだぞ!」

「ちゃんと言えよぉ」

取り巻きたちもガキ大将の後ろからヤジを飛ばす。

「ちょっと男子ぃ……うるさぁい」

常に餅が口に入ったような声で女の子が注意してくる。このクラスを勝手に牛耳っている子だ。この子もよく分からなくて嫌いだ。

「うるさいのはそっちだ!めぐ」

「そうだそうだ」

「あたしうるさくないしぃ」

 これだから子どもなんて嫌いだ、と自分も同じ子どもであることを棚に上げて思う。

大将が女の子のほうを向いたのをいいことに、その横をすり抜けて教室を去った。背中に取り巻きたちの遠のく声を受けながら。


 いつもより少しいそいで玄関まで歩く。すると、一定の距離で誰かが後ろをついてくる。自分と同じ考えの上級生か、自分のことを知っていて後をつけてきているのか。前者であってほしい。そう願いながらくるりと身をひるがえした。ついてきた子が少しびっくりしたように止まった。恐る恐る、目を上げる。

「……あ」

「ばれちゃった。」

後ろにいたのは転校生のあの子だった。この子だけは、いつだって顔が見える。なぜなのだろうか。

「あ、ああの、なんで」

「なんで、ついてくるの、でしょ?」

自分の言葉を奪われて、間抜けな顔のまま固まる。

「それはね、あなたと一緒にいたいなって思ったの。」

予想外すぎて、固まったまま、動けない。

「だからね、いっしょに帰ろう。」

そう言って、今度はその子が手を握ってきて、前を歩き出す。体がもっていかれて変な歩き方になってしまう。

「え、あ、ちょっと」

間抜けな自分の声を置き去りにして二人で帰る。


赤い夕陽が、いやにまぶしかった。

 

 それからというもの、転校生は事あるごとについてきて常に二人で行動するようになった。最初はクラスの子たちが物珍しそうに見てきていたけれど、やがてその光景に慣れていき、自分たちはなりたかった「ふつう」になれた。

「そ、そういえばさ」

話しかけるとすぐにこちらを向いてくる。ちょっと怖い。

「どうしたの?」

「あ、あの……名前を知り、たくて」

転校生は一瞬きょとんとした顔をした後、ふふっと笑った。

「わたしのじこしょうかい、きいてなかったの?」

「うっ……ごめん。」

「まあいいけどね。わたしの名前は、まつりだよ。一ノ瀬茉莉。」

まつり。とてもいい名前だ。確か、花の図鑑にそんな名前の花があったような……

「す、すてきな名前だね。へへ」

「……!!」

名前を褒めたとき、その子はハッとして目を見開いた。その顔が、あまりにも意外で逆にこっちがびっくりしてしまった。二人で固まったまま、時が流れていた。チャイムの音でようやく動きだした。

「じゃあ、行こうか。」

「あ、うん。そういえば、わたしの名前……」

そう言いかけて、前を行くまつりはくるりとこちらを振り向いて笑った。

「知ってるよ。山本みおさん、だよね?」

少し自慢げにまつりは言う。

「れい」

「え?」

「名前。“みお”じゃなくて“れい”って読むの。」

正しい名前を小さな声で教える。

「そう、なんだ……」


 尻すぼみになる声に、体が震える。冷や汗が背中を伝っていく感覚が気持ち悪い。……嫌われただろうか。自分の名前なんてどうでもいいものなのに、わざわざ指摘してしまった。面倒な奴だと思われたのではないだろうか。びくびくしながら、そっと顔をあげると、まつりは少し悲しげな顔をして謝ってくれた。

「ごめんね。」

「ううん。わ、わたしのほうこそごめんね。わざわざ直すほどのことじゃなかった。」

一人称に違和感がありすぎて、吐きそうになる。

「親からもらった大事な名前だもん。直すのは当たり前だよ。ほんとにごめんね。」

「だいじな、なまえ……」

まつりの言葉をぼそっと繰り返す。繰り返した言葉が、耳に残って引っかかる。

「あ、もうじゅぎょう始まっちゃう!いこいこ」

腕をつかんで、まつりが走る。つられて自分も走り出す。


彼女の背中はひどく大きく見えた。


続く

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