上陸せよ
謎の生物群が小笠原沖の離島を襲撃して3日が経過。政府は住民の救出と生物群の制圧を目的とした部隊の編成を統幕に要請し、横須賀から護衛艦8隻と陸自部隊を擁する輸送艦6隻、補給艦2隻からなる艦隊を差し向けた。
現地ではF-4が上陸予定地点へ事前に空爆を行い、生物群の数を減らす作戦が行われている。だがその多くは島の内部にまで達しており、まだ生きている住民の殆どもそこに居る事から、決定的な打撃を与えるまでには至っていなかった。
艦隊は翌日早朝、島の沖合に到達。F-4部隊がロケット弾攻撃を開始したのを皮切り、艦隊も作戦行動に入った。艦隊の最後尾に居た輸送艦6隻が護衛艦4隻と共に前進していく。
満載排水約3000tの小さな艦内。輸送艦"おじか"の第3甲板では、74式戦車と89式装甲戦闘車の増強小隊が、静かに出番を待っていた。
外洋を進んでいた時に比べて波は穏やかであり、艦の揺れも少ない。しかし、外から響いて来る無数の砲声が、車両に搭乗する隊員の焦燥感を否応にでも掻き立てた。特に89式の兵員室に収まる普通科隊員たちは、胸に抱いた64式小銃のハンドガードを頬に押し付け、そのひんやりとした感覚で冷静さを保とうと必死だった。
艦の外では現在、護衛艦"しらね"と"ひえい"、そして"たかつき"及び"きくづき"が5インチ単装速射砲による艦砲射撃を行っていた。これもF-4同様、輸送艦3隻がビーチングを行う漁港周辺に蔓延る生物群を可能な限り蹴散らし、上陸時の安全性を高めるためのものである。
「上陸地点まで残り1000を切った、各車前進用意」
全車の回線へ艦橋に陣取る中隊本部班からの通信が入る。同時に上部甲板で砲声と連続した銃声が鳴り始めた。仮設されたM2重機関銃の銃座と、艦首に備わる3インチ連装速射砲の音だった。
「小隊長車より全車、各計器の再点検を行え」
エンジン回転数、油圧、その他諸々に問題は無い。1番の問題は、ここを飛び出したら無事でいられるかどうかである。それこそが彼らにとって最大の悩みの種と言えた。
艦首が開いた事で外の明かりが薄暗い艦内に差し込んだ。しかしバウ・ランプはまだ動かない。今か今かとその時を待った。
戦車のエンジン音に混じって、下から何かを引き摺るような音がした。船底が浅瀬を擦る音だ。もう間もなくかと思っていると、少しだけ前のめりになる軽い衝撃が来た。どうやらビーチングに成功したらしい。
「ハッチ開放、先頭から順次上陸開始!」
折り畳まれたバウ・ランプがゆっくり伸びていく。それによって連装速射砲と重機関銃の音がより鮮明に聞こえるようになっていった。
「小隊前進よーい、前へ!」
「焼夷榴弾装填、バーストは3点に設定、目標を確認次第各車の判断で発砲を許可する」
「同軸で制圧射撃だ! 撃て!」
先頭の74式戦車が車載機関銃を撃ちながら砂浜に飛び出した。目の前に広がるのは艦砲射撃で粉砕された漁船と弾痕。そして、破片効果で体を引き裂かれた謎の生物の死骸が、無数に横たわっていた。
中途半端に息のある生物は30口径弾の弾幕を浴び、次々に死骸へと変えられていく。
「漁港の安全確保まで普通科隊員の下車戦闘は許可出来ない。各車は十分に警戒しつつ」
「2号車被弾! 履帯をやられた模様!」
右ウィングから状況を監視していた隊員が叫んだ。車体の右側に溶解液の塊が着弾し、履帯と転輪を破壊されて前進が出来なくなった74式が見て取れる。
「飛んで来た方向は分かるか」
「まだ何とも」
位置が悪いのか、艦橋からはそれらしき存在を確認出来なかった。その溶解液を放ったのは、少し高台にある一文字防波堤の影に潜んでいるウミウシのような毒々しい色と姿形をした生物だった。
砂浜の方が地形としては低いため、上陸した74式の乗員たちからはどの方向からの攻撃なのか分からなかった。
「何所から撃って来た!」
「こっちの地形が低くてよく分かりません! 事前に砲爆撃したとは言え死角が多すぎます!」
「密集するな! 間隔を広く取れ!」
「進め! 停まるな行け!」
増強小隊は一瞬でパニックに陥った。だが無暗な発砲が無かっただけまだマシと言えた。しかしこのままでは拙い。
「2時方向! あの堤防の所だ!」
艦首3インチ連装速射砲の横に仮設された機関銃座の陸自隊員が叫んだ。連装速射砲の砲台長が砲塔後部から顔を出す。
「何!? どこだ!」
「今から撃つ所に居る、そこを狙え!」
M2重機関銃を生物の居る所へ目掛けて火線を送り込んだ。当たりはしなかったが、防波堤を弾丸が抉った事で砲台長もその目標を捉える事が出来た。
「目標2時方向、あの防波堤の切れ目の所だ」
旋回手の操作によって砲塔が少しだけ右を向いた。生物は器用に姿を隠しているようだが、1発でも隙間に飛び込ませればこっちのものだ。
「水平射撃、撃ち方始め!」
76mm砲弾がリズミカルに撃ち出された。合計10発近くを撃った内の数発が切れ目の所に殺到し、そこで炸裂して生物をズタズタに引き裂いた。堤防に血肉が飛散するも多くは海まで吹き飛ばされ、波間にその死骸を浮かべるだけとなる。
増強小隊と3インチ連装速射砲による攻撃で漁港はある程度の制圧を終了。ここに来て遂に普通科隊員たちへ下車戦闘命令が下った。
「慎重に行け、何か居たら大声を上げろ」
89式装甲戦闘車の後部ハッチが開け放たれ、隊員たちはようやく砂浜を踏みしめた。腕にかたく抱いていた64式小銃を構えて整列する。89式1号車に乗っていた小隊長が隊員たちを前にした。
「戦車を前に出して進むが、さっきの2号車のようになる可能性は非常に高い。連携と警戒は怠るな。行くぞ」
「安全装置を外せ、ただし指はまだ引き金に掛けるな。1班から前へ」
強張った表情を隠せない第1班が踏み出す。前進する74式と共に漁港の奥へと進んで行った。