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勇者殺しの英雄譚  作者: 長尾栞吾
第二章 いつまでもあると思うな、初心者ボーナス
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予期せぬ転生者

 1


 あまりの城の慌ただしさに目が回る正午。そんな空前絶後の大騒ぎを他所に、エフトは表情に影を落としたルータンに返答を迫った。無論、それはこの城より気配を消した暗黒騎士団の所在についてだ。


「冗談はやめろ。真実を話せルータン」

「嘘ではない。暗黒騎士団との連絡が途絶えた」


 もう一度いってみろ――。思わず彼女の胸ぐらを掴みかかりそうになったが、ここはグッと堪え、心の奥底から湧き上がる疑問をぶつけた。


「なぜ早く俺に連絡を入れなかった! 俺が出かける前、勇者が来たら連絡を入れろとあれほどいっただろう!」


 そう、ルータンが犯した罪とは他でもない、エフトへの連絡なしに勇者の元へ暗黒騎士団を出動させたことだった。

 暗黒騎士団は君主である魔王ルータンを守る懐刀だ。エフトが一人で勇者討伐を引き受けるようになってからは、一層その色を濃くしていた。エフトが彼らと勇者の対峙を避けていたからだ。


 だが今日、エフトが恋人の命日で席を空けていたほんの数時間の間に、暗黒騎士団はルータンの命によって勇者討伐へと乗り出してしまった。

 それが自分達の死を意味しているとも知らずに。


「エフト様、落ち着いて下さい! 何もルータン様だって、悪意があってのことではありません!」

「そ、そうですわエフト! ルータンはあなたに気を遣って……」


 怒れるエフトの気を治めようと必死に言葉を並べるエルフ兄妹。目には大粒の涙を浮かべており、幼いながら事の重大さを理解している様子だった。

 本来であれば可愛らしく思える彼らのあたふたとした動きも、今のエフトからすればうるさいガヤ以外の何者でもない。


「だからといってセレイネを……暗黒騎士団を俺の許可なしに戦地へ行かせる理由にはならんだろう!」


 落雷の如きエフトの叱責を受け、とうとうエルフ兄妹は声を上げて泣き始めた。それを見たルータンは、大人気ないエフトの態度に酷い嫌悪を示す。


「民の命が懸かっている以上、ワシらとして早急に手を打たねばならぬ。それはお主も、十分にわかっておるはずじゃ」

「いいやわからん! 大切な後輩と顔も知らないヤツなんざ比べるまでもない! いつからお前は人民のための王へと成り下がったのだ!」


 昔のルータンなら、確実に親しき者の命を選んだだろう。

 ナイフのように鋭く、氷のように冷たい性格をしたルータンはもういない。彼女は魔王と名ばかりに、世界を統治する王としての自覚を持ち始めていたのだ。古くより彼女を知るエフトにとってそれは、非常に遺憾で気に食わなかった。

 独裁者たる魔王の理想像が、音を立てて崩れ去ってしまうことをエフトは恐れたのだ。自分の知るルータンが消えていくのが、たまらなく辛かったのだ。


「そもそも今回の勇者は、攻撃的なユニークスキルを持っておらんかった。そんな相手にセレイネ達が負けるはずなかろう」

「お前達は勇者を舐めすぎている。近年の勇者は、それこそ恐るべき力を秘めているのだぞ」

 エフトの反論に思うところがあったラギは、たどたどしくもその口を開いた。「それがあの……光の柱」


 ラギのいう光の柱とは、今日の午前十一時辺りにアラタナヤで確認された怪奇現象のことである。エフトもその異様な光景は、恋人の墓を横目にしっかりと目視していた。

 山の向こうでも形を保ち、白い光を放つ巨大な柱。それはとても自然現象によるものとはいい難かった。

 加えて光の柱が目撃されたアラタナヤには、今日の午前十時に新たな勇者ムトウジュンイチの転生も予知されていたという。そうなるとやはり、光の柱出現は勇者によるものと見ていい。


「レリの鑑定者(アプライザー)でも把握しきれない力とあらば、こちらも万全の準備をして望まなければなるまい」


 アラタナヤはヘイヴンとビーガストの境目に位置する国。暮らしている住民も人間が大半を占めており、勇者の王道転生地ともいえるビーガストが半壊してしまった今では、次の勇者転生の地として推測されていた場所だった。

 当然そこは、魔物の多い魔王軍にとってアウェイともいえる地。とはいえエフト自身が人間である以上、それを考慮するのは野暮である。

 早速アラタナヤへと向かう準備をするべく、エフトはルータンに背を向けた。しかし彼女は大声でその横暴を制止する。


「待てエフト、またお主は一人で戦地に向かうつもりなのか!?」

「当たり前だ。セレイネ達の救出と勇者ムトウジュンイチの討伐、全て俺一人でやる」

「それが勝手といっておるのじゃ!」


 とうとう怒りの一角を見せたルータンは、その黒くたくましい尻尾でエフトの胸ぐらを掴むと、自身の顔近くまでグイッと引き寄せた。彼女の瞳は悲しみの色を浮かべており、あたかもエフトに頼ってくれと訴えかけているようだった。

 ただ、その優しさは一層エフトの苛立ちを強める。


「勇者はあの光で数多くの魔物を屠ったはず、そんな相手に対策もなしで、どう戦うつもりなのじゃ!」


 アウターワールドにおいて、敵の討伐及び撃退は直接自身の成長へと繋がる。成功体験は経験値として、レベルアップの手助けをするのだ。

 もちろんレベルが高ければ高いほど、高度な魔法の習得や力が得られる。転生してきた勇者からすれば異常なことらしいが、この世界では当たり前のこと、自然の摂理であった。


 前回の勇者トマリカイセは、自身の能力と神剣を駆使してエフトに挑んできたが、もしあの光の柱が勇者によるものなら、そのレベルは前回と比にならないだろう。

 しかしルータン以上にエフトもまた激怒していた。

 信じてくれないのはお前も同じだろう――。エフトは彼女の額に強烈な頭突きを食らわせる。


「うぐ……ッ!」

「ならなぜお前は、そんな相手にセレイネ達をぶつけた!」


 ここで昂りのあまり、エフトは内なる感情の片鱗を、ついルータン達に曝け出してしまう。


「お前達程度の実力で、今の勇者に敵うはずがないだろう!」


 気付いた時にはもう手遅れだった。王の間にいる誰もが、エフトの言葉に耳を傾けていたのだ。


「それはどういうことじゃ、エフト」


 落ち着いた物言いとは裏腹に、ルータンの声は動揺している。彼女だけではない、ラギやレリも唖然とした表情でエフトの顔を見ていた。そんな視線を向けられては、もはや隠し通すことなどできない。

 エフトは大きく深呼吸した後、秘めた本心を嘘偽りなく語り始めた。


「この際、はっきりといわせてもらう。今のお前達では、近年の勇者に太刀打ちなどできない」

「何じゃと?」

「トマリカイセの時だってそうだ。伝説の神剣に加えて時の流れをも支配できる能力、お前ならどんな対抗策を考えた?」

「そ、それは……」

「無論トマリカイセだけではない。近年の勇者は強力な力、高いレベルを備えた者ばかりだった。そんな彼らをお前なら倒せたか? 答えは明白だな。俺がいなければ、結局勇者など倒すことはできぬのだ」


 これまで溜め込んでいた分、嫌味を込めてルータンを舐めるように見つめてやった。

 ただ彼女も魔王、一切の反撃をしなかったわけではない。痛む額を左手でさすりつつ、右手で作った握り拳をエフトの頬目掛けて叩き込んだ。


「ならなぜそれをワシらに伝えなかった! そこまでお主は、ワシらのことを信用しておらんかったのか!?」


 彼女の拳によって、エフトは赤い垂れ幕の掛かった壁に勢いよく叩きつけられた。邪竜族ともなれば、その腕力は強化魔法を使わずとも人知を超えた威力を持つ。エフトの体が壁へと達した瞬間、周りのものを拡散させるには十分な風圧が生じた。

 だが彼女の攻撃で大きなダメージを受けたかと問われれば、答えは否。せいぜい口の中を切る程度にとどまった。


「エ、エフト様!」「エフト!」


 エルフ兄妹の心配する声を他所に、エフトはヨロヨロと老いぼれのように立ち上がった。そして王の間であるにもかかわらず、口の中で嫌な味覚を刺激する血反吐を吐き捨て愚痴を溢す。


「それを伝えて、プライドの高いお前が受け入れられたとは到底思えんがな」

「何じゃと?」

「欲望に忠実で、自分よりも態度のでかい相手は容赦なくぶちのめす問題児。魔王になった理由も己の手で世界を支配したいから。そんな自分勝手で思い上がったお前に、勇者が手に負えないレベルで強くなっていることを納得させるのは難しいといったのだ」


「クリースペル・ヒール」ボソリと回復魔法の呪文を詠唱したエフトは、その効力が発動する前にルータンにいい放つ。


「お前みたいなヤツが治める世界なんざ、もう滅んだ方がよかったのかもしれんな」

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