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勇者殺しの英雄譚  作者: 長尾栞吾
第一章 未熟者に神剣
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時計の針の主導権

 心の底から身震いするような悪寒を感じた。

 地属性魔法による爆発音が瓦礫の中より聞こえたかと思えば、中からほぼ無傷といっても過言ではない勇者殺しの姿が現れたのだ。まるで、今のが日常茶飯事だといわんばかりに涼しい表情を浮かべている男の姿が。


「……は?」

「やはり時を止める能力、厄介だな。気付かない間に場所を入れ替えられていたとは」


 何だよその顔、嫌な記憶を呼び覚ましてくれるなよ。俺は無言で神剣を握り直した。何が何でも彼を殺してやる、その一心で。

 だが俺の目論見はあっけなく終わった。神剣を振り上げた右手に、火を帯びた爆発が襲い掛かったのだ。その手に走る焼けつくような痛みで、つい俺は神剣を地面に落としてしまった。


「痛ッ!?」

「アースペル・ダイナイック。地属性の基本魔法であるダイナの発動速度を早め、瞬間爆破に特化させた俺のオリジナル魔法だ」


 神剣を落としてしまったこの隙に上級魔法でも発動させられたらまずい。だが俺に対抗できるその唯一のチャンスすらも、あろうことかエフトは澄ました態度で見逃した。勝てる見込みでもあるのか。

 俺は神剣を拾い上げると、湧き上がる怒りを鎮めつつ彼に尋ねた。


「あんた、何で瓦礫の下敷きになって生きてるんだ?」

「むしろあんなもので俺を倒せるとでも思っていたのか。つまらぬ冗談を口にするな」


 さすがは多くの勇者を屠ってきただけのことはある。これくらいの事態には動じないらしい。

 しかし、


「せっかく気を利かせて話聞いてやってんのに、何だよその態度」


 エフトの態度を見て俺はプッツンした。どうやら彼は、まだ自分の立場を理解できていないようだ。時すら支配する最強の勇者に命を狙われている立場を。


「もう頭にきた。あんたの苦しむ表情を見ながら、じっくり痛ぶってやるよ」


 何か呪文を唱えた様子のエフトだったが、その発動よりも先に俺のユニークスキルが発動した。もっとも、彼が魔法を発動させたところで所詮、爆発を引き起こす魔法だっただろうが。


停止する世界(ワールドクロック)!」


 俺の掛け声一つで、再び静止する世界。しかし今回は、先程の時間停止と比べて一つ変わった点がある。それは時を刻まぬこの世界に、本来招かれざる客であるエフトが入り込んでいたことだった。


「んっ? どうなっているのだ、これは」


 しかしこの世界に入門したエフトは、なおも身動きが取れずにいた。それもそのはず、


「俺はあんたの頭だけ、動くことを許可したんだよ」


 先程まで威勢を保っていた相手が、絶望に顔色を変えるのは見ていて爽快だった。

 おそらく彼は、首から下が別の生き物になったかのような違和感を抱いていることだろう。何せどれだけ体に命令を出しても、ピクリと動かないのだから。


「これからあんたは、自分の体が傷ついていくのを眺めながら死ぬ。覚悟しろ、このクソキャラが」


 どんなトリックを使って生き延びたかは知らないが、今度こそ確実に仕留めてやる。俺は沸き立つ怒りを瞳に宿し、エフトに斬撃の照準を合わせた。


「ふん。そういうことか」


 さっきまで俺の能力に震えていたはずのエフトが、今度は渇いた笑みを浮かべた。

 何を理解したかは知らないが、それでも彼の一言は俺の平常心をかき乱すのに十分な威力があった。コイツも俺を馬鹿にしている。


「な、何がおかしいんだよ!」

「貴様がこの世界に招待してくれたおかげで、ようやく停止する世界(ワールドクロック)の仕組みを理解できた」

「はぁ?」


 次の瞬間、どういうわけかエフトの体がゆっくりと動き始めた。いや、それだけではない。同じく動きを止めていたはずの雲や、水のせせらぎさえ、その時を少しずつ刻み始めていた。


「な、何がどうなって……」

「貴様のユニークスキルは、いわば時計の針を止める能力に近い。その針を押さえつける力を上回りさえすれば、世界を動かすことなど造作もないのだよ」

「俺の世界で動けるなんて……そんなッ!」

「もちろん、それだけじゃない」


 俺は頭を抱えた。創造神とやらがいっていた停止する世界(ワールドクロック)の効力は、何者にも侵されない絶対的な支配。にもかかわらず、今こうしてエフトは時の止まった世界を悠々と動かしている。

 もはや目の前で起こった全ての事象が、この世界の異分子である俺を拒んでいるように思えた。


「どうして……雲の流れがこんなにも速いんだ」


 ただ時が動き始めたのなら、雲や水の流れは元の世界と同じになるはず。しかしどういうわけか、世界は全ての動きが早送りをされているかのように加速していた。


「お、俺のユニークスキルは、まだ発動しているはずなのに!」

「さっき、貴様の能力は時計の針を止めるのに近いと説明したな。ならその針を、すでに力で上回った俺が無理やり動かすとどうなる?」


 正直、エフトの持論なんぞ俺の耳には一ミリたりと入ってこない。そんなことよりも、彼が俺の力を上回っていることに全ての関心が向いていた。


『ほう、レベル三〇〇弱か。君の異世界への願望は相当なものだったようだ。それがレベルという形となって現れている』

『何がいいたいんだよ』

『なぁに簡単なことさ。君のレベルは、アウターワールドの中でもトップクラスということだよ。簡単にいうと魔王より高いレベルだ』


 アウターワールドに降り立つ前、俺は創造神にそう聞かされた。無論その意味は転生してすぐに理解できたし、与えられたユニークスキルや神剣の強さも、周囲の反応ですぐにチートクラスだとわかった。

 だが一つ、こんな忠告も受けていた。


『アウターワールドには一人、魔王すらも超える実力者がいる。慢心はしないことだね』


 魔王すら超える実力者と聞けば、自ずと浮かんでくるのは裏ボスたる存在だ。となると創造神が俺を転生させた目的は、とどのつまり裏ボス退治ということになる――そう踏んでいた。

 聞けばエフトは俺を上回る力を持っているらしい。神剣の斬撃を受けてもなお無傷なところを見ると、まんざら嘘でもないのだろう。故に創造神が忠告していた裏ボスが、一体誰なのかは明白だった。


「あんただったのかッ! 魔王すらも上回る実力者というのは!」

「……貴様、俺の話を聞いていたか? 停止する世界(ワールドクロック)の決定的な弱点とは、能力使用者の力を大きく超えた者が、その能力の主導権を奪取できる点にあるのだ。ヨッテイマヨリ、キサマノノウリョクハトキヲカソクサセルセイシツヘトヘンカスル――」


 彼の熱弁は、俺が意味を理解する間もなく終わった。むしろ、うまく聞き取れなかったといった方が正しい。

 能力のコントロールを失った俺を他所に、目にも止まらぬ速さで移動するエフト。秒針の主導権を握った彼が望む世界は高速、全ての動きが早送りされた世界のようだ。当然俺も彼と同じ動きが可能になるわけだが、動体視力が追いつけない俺には、ただただ硬直することしかできなかった。


「こ、これじゃあエフトの動きが見えない!」


 動揺で体を少し動かしただけでも、この加速した時の中では全ての動きが高速として処理される。その異様さがなおのこと、俺の恐怖心を刺激した。


「うわぁ! 来るな、来るなぁ!」


 闇雲に神剣を振り回し、その衝撃波でエフトを倒そうと試みる。しかしそれらの猛攻を容易く掻い潜り、とうとう彼は俺の懐に飛び込んできた。


「イズミヨリイデシオオイナルマナヨ、ソノコウゴウシキチカラヲモッテ、ワガタマシイノウツワニセンメツノヒカリヲアタエタマエ――」

「ま、待てぇ!」

「――クリースペル・ブースト」


 詠唱を終えたエフトの体は、空気中から寄せ集められたマナを取り込んで淡い光を放つ。そして魔法により強化された右拳を突き出し、俺の腹部をためらいなく貫いた。

 腹の底から過剰なまでの熱を感じた。腹が、燃えるように熱い。それだけじゃない、何かが沸々と喉を通って湧き上がってきた。


「カハッ……」


 粘り気を帯びた返り血をものともせず、エフトは俺の腹部から血に塗れた腕を引き抜く。途端、全身を支える骨を抜かれたように俺は、自立する力を失いその場に崩れ落ちた。


 時はすでに加速という呪縛から解放されていた。無論それは、使用者である俺の意識が薄れかけている証拠でもあった。


「最初からこれを狙っていたのか……」仰向けで横たわった状態から、何とか声を出してエフトに問い掛けてみる。


「まぁな。だがこれも貴様の能力を最初から知っていて、仮説を立てていたからこそできた芸当だ。事前情報もなしに挑んでいれば、俺は貴様に負けていただろう」

「何だよ、それ」


 なおも冷静なエフトに俺は激しい劣等感を覚えた。ここまでしても超えられない壁があるのか。そう思うと、俺の涙腺は漏れ出た弱音と共に決壊した。


「時間停止というチート能力をもらって、伝説の神剣も手に入れたのに、それでも俺は勝てなかったのか」


 もはやエフトが敵であるという事実は必要ない。この胸の奥から溢れる悔しさを、ただただ聞いてくれればそれでよかった。例え相手が、俺を仕留めた敵であろうとも。


「何で念願の異世界転生をしてまで、俺は負け組にならなきゃいけないんだ」

「ここに来たヤツらは皆そういう。何だ、お前達はそれに抗おうとはしなかったのか?」


 しかし無神経にも、エフトは己の疑問を投げかけてきた。

 目の前で人が死にかけていようとも、彼は自身の知的好奇心を優先させたのだ。これには意識を失いかけていた俺も潤んだ怒号を浴びせた。

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