表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者殺しの英雄譚  作者: 長尾栞吾
第一章 未熟者に神剣
4/37

勇者トマリカイセ

 2


 いくつもの雲をかき分けながら、強い日差しを受けて上空を飛行するバハムート。その背に腰を下ろしたエフトは、自分達が二つ目の国境を超えたことを理解した。目的地であるステイシアの街は、もうすぐそこまで迫っている。

 地上に広がる模型のような規律の取れた街並み。それを阻害する妙な人の流れには違和感を拭えない。まるでそれは、我先にと国外へ亡命する者の大群を見ているようだった。


「何やら街が騒がしいな。普段の活気とは程遠い、嫌な感じの騒がしさだ」

「ワタシモ感ジル……地上デ何カ起キテル」

「お前も同じ意見か……」


 彼の眷属であるバハムートは、ルータンと同じ邪竜族の末裔。ルータンのように人の姿にはなれないものの、頭の回転が速くかなりの切れ物であった。故に彼女が自身と同じ考えを示したことは、違和感を問題と定義して良い証拠だろう。

 人の流れの源泉たる大広間付近、そこから謎の爆発音が響き渡っている。いうまでもなくそこは、勇者トマリカイセが召喚された場所だった。


 これは早いところ対処しなければな――。そう思い始めた次の瞬間、空間がねじ曲がって見えるほどの大きな衝撃波が、バハムートの右翼を豪速球のように横切った。

 衝撃波は雲を引き裂き、なおも受け止めてくれる相手を探して飛んでいく。あれほどの衝撃波が直撃しようものなら、天空の覇者バハムートといえどただではすまない。


「な、何だ今のは!?」

「狙ワレテイル。ソレモ目的地付近カラ」

「狙われているだと? 馬鹿をいうな。ここから大広間までの距離はまだ数十キロメートルはあるぞ?」


 内心驚きつつも、何かの冗談だと苦笑いするエフト。大広間からここまで威力を保った衝撃波を放つのは、相当な鍛錬を続けた風属性魔法の使い手でも難しい。

 しかし獲物を見るようなバハムートの眼光からは、冗談をいったようには感じられなかった。おそらく彼女は、すでに今の攻撃がターゲットである勇者によるものだと確信していたのだろう。


「勇者ガ攻撃シテキテイル。ドウスルゴ主人?」

 たくさんの勇者を屠ってきたエフトですら、ここまで強大な力を持つ勇者は見たことがない。仮にもし、今の攻撃が勇者によるものだというのなら、それこそセレイネ達に対峙させてはならない。


「遠距離からの攻撃をしてくる相手には、こちらから接近するのが定石だ。バハムートよ、一刻も早く大広間に向かってくれ」

「グルル……任セテ」


 エフトの指示を受けたバハムートは体を縮め、自身の飛行体勢を空気抵抗の極力少ないものへと変化させた。そこから生み出される飛行スピードは、先程の悠長な飛行スピードとは比較にならない。例えるのならそう、時速二百キロを投げる投石名人の豪速球だ。

「くっ……ッ!」


 こればかりはいくら魔王軍最強といえど、バハムートの首にしがみつくので精一杯だった。彼女の巨体は荒波に飲まれた船ですら見せない豪快な動きを見せ、その度にエフトの服の裾はバタバタと音を立てて靡いた。

 そんな主人の状況すらも気に留めず、バハムートは地上より発せられる謎の衝撃波を次々と避け、目的地の大広間を目指す。そうこうしているうちに、エフト達は目的地の大広間付近へと迫っていった。


「ヤツがトマリカイセか」


 自慢の動体視力で、エフトは一キロメートル先の勇者の姿を捉えた。場所は予知で見た大広間。噴水近くの巨体な古時計が埋め込まれた建物の近くで、勇者トマリカイセは驚いたようにこちらを見つめている。

 大人しめの黒髪に、ナヨナヨしいヒョロリとした体つき。その風貌で握るには随分と不釣り合いな神剣アロンダイトからは、冷気にも似た凍てつく殺意が滲み出ていた。バハムートのいう通り、衝撃波の発生源はトマリカイセの持つ神剣アロンダイトか。


「バハムート、ここから先は俺一人でやる。少し高度を下げてくれ」

「ワカッタ」


 バハムートに低空飛行を指示し、単身トマリカイセの討伐に乗り出す準備を始める。ここから先は勇者討伐係の仕事、運んできてくれたバハムートに怪我はさせられない。

 しかし、


「グッ……グアアアァァァァッ!」


 突如としてバハムートが、耳を塞ぎたくなるような雄叫びを上げて飛行体勢を崩した。それだけではない、宙には視界を真っ赤に染め上げるほどの血飛沫が飛び散っている。ここで始めて、エフトはバハムートが重傷を負ったことを理解した。

 そこから落下までの時間は早かった。建物という建物に体を打ちつけ、傷だらけになりながらバハムートは大広間に墜落した。


「ぐっ……何だ今の攻撃は……?」


 打ち身にも似た全身の痛みで我に帰る。

 バハムートがクッションとなってくれたおかげで致命傷は免れたものの、当の本人は腹部に深い傷を負って虫の息になっていた。傷口の形状からして、墜落の原因は神剣アロンダイトによる攻撃だ。


「待っていろ、すぐに回復してやる!」


 ともかく、このままではバハムートが危ない。痛む体を無理やり起こしたエフトは、回復魔法で彼女の怪我の治療を試みる。


「そ、そうはさせるか!」


 だがそれを、何やら様々な武器を装備した者達が阻んだ。彼らはステイシアに住んでいる人間達であった。


「……貴様ら、何のつもりだ」

「勇者殺しのエフトだな。どうせいつものように、勇者様の命を狙いに来たんだろう」

「だが残念、今回の勇者様はこれまでと格が違うんだ」


 あたかも自分の手柄のように今回の勇者を自慢する人間達。そんな彼らを見ていると、人間の愚かしさを改めて実感する。


「二度もいわせるな。俺は貴様らに、何のつもりだと問うている」


 バハムートが危険な状態である以上、言葉が通じぬ相手には力の上下関係を示す他ない。

 試しに敵意を剥き出した眼光を向けてみると、その気迫に押された人間達はクモの子を散らすようにエフトのそばから離れていった。傷ついた状態とはいえ、自分達で太刀打ちできる相手ではないことを察したのだろう。

 そんな中で一人、態度を変えずエフトの方へゆっくり歩み寄ってくる者がいた。いわずもがな、勇者トマリカイセである。


「ここであんたを始末するんだよ、勇者狩りのエフト」

「トマリ……カイセッ!」

「もう名前、知られちゃってるんだ。全く、魔王討伐は穏便に済ませたかったんだけど」


「あちゃー」自分が有名人だといわんばかりに、トマリカイセは左手で自身の顔半分を覆い隠した。チラリと見える薄ら笑いは、どこか喜びの表情を含ませている。


 第二百七十六勇者トマリカイセ。右手に握られた神剣アロンダイトは、彼の正体をこれでもかと曝け出す。口から出る言葉とは裏腹に、本質的な承認欲求は相当なものといえよう。

 トマリカイセが前に立ったことにより、ステイシアの人間達は息を吹き返したかのように騒ぎ始めた。どうやら彼らはトマリカイセの実力に絶対の信頼を置いているらしい。


「ス、ステイシアは元々俺達人間の街だ! お前ら魔王軍のせいで俺達人間は、モンスターとの共存せざるを得なくなってしまった。だが、勇者様がいればもう安心だ!」

「そうだそうだ! 俺達がモンスターと同じ飯を食うこともなくなる! ようやく俺達は、モンスターが支配する世界から解放されるんだ!」


 何を勝手なことを――。堂々と自分達の意見を口走る彼らに内心呆れつつ、この隙にエフトは頭の中で呪文の予備詠唱を始めた。それはエフトがもっとも苦手とする、他者を対象とした回復魔法のものだった。


 大いなるマナの力よ、神々しき慈愛の光となりて、かの者の傷を癒したまえ――。


 自身にマナの力を付与するタイプの魔法や、使い慣れた地属性の魔法であれば、エフトも予備詠唱なしに使うことができる。しかし他者の力を強めたり、傷を癒したりする魔法はそれ以上に扱いが難しく、魔法を極めたエフトですら呪文を唱える前の予備詠唱は必須だった。


 無論この状況、呪文の詠唱一つ聞かれようものなら迷わずトマリカイセはバハムートを攻撃するだろう。故にエフトは苦手な回復魔法、その予備詠唱を声に出さず脳内で連想させていた。

 そんなことはお構いなしに、トマリカイセは神剣を振り回して煽り立ててくる。まるでその様は、新しいおもちゃを手に入れて舞い上がる子供のそれであった。


「あんたはここで始末する。それがみんなの願いみたいだからね」


 だがここで攻撃をしてこなかったのは好都合だった。

 魔法発動に至るまでのイメージを完成させたエフトは、最後の鍵となる呪文を詠唱してマナに形を与えた。自身の体から冷たい氷へ熱を伝える、そんなイメージを浮かべて。


「クリースペル・マーシフル!」


 途端、横たわっていたバハムートの体は眩い光を放ち、見る見るうちに刻まれた傷が塞がり始めた。

 完全に治癒した体を起こした彼女は、その景気付けといわんばかりに周囲の者を吹き飛ばすほどの咆哮を放つ。


「グアオォォォォォ――ッ!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ