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恐れは狂気を生み出す。

暗い展開になります。少し残酷描写があります。

 


 それからまた数日経ちました。


 ゆったりと穏やかな日々は一変します。


 東に位置する隣国のヴラークが戦争を仕掛けて来たのでした。




 大予言者ヤーナは他国への攻撃はしない代わりに国の防衛には務めるとストラナー国王と約束してます。ヴラーク国はストラナー国へと侵入し攻撃を行なっているとの報せがヤーナの元へと伝わりました。ヤーナはストラナーの国民を守る為にも戦場へと向かうしかありませんでした。




 王都から東に馬車を走らせヤーナとストラナー国王は戦地へ向かいます。国王は本来ならば国の要です。危険な戦地に向かわず城に留まる事が定石ですが、隣には氷の術を自由自在に操れる大予言者がいます。大予言者に敵う者など誰一人居ないと高を括ってました。




 高台の見張り台の梯子を慣れない様子でヤーナは登ります。運動などまともにしたのは前大予言者の弟子となった10歳の頃以来無いのです。格好が布地のズボンの為、スカートより登りやすいがお付きの護衛の手伝いがいりました。




 高台から見下ろす光景に大予言者もストラナー国王も兵士も驚愕致しました。


 人の叫び声が聞こえます。緑がかった白い煙がストラナーの兵士達を襲います。兵士達は煙にもがき苦しみ、血を吐き絶命していきます。


 こんな攻撃は300年は生きているヤーナも見た事がありません。国王は震え怯えます。兵士達はヤーナに跪きます。




「大予言者様。どうか私共の命を活用してあの魔の煙を追い払って下さい」




 大予言者の術は生き物をエネルギー源としています。いつもなら羊や山羊、豚、牛などの家畜を贄にして術を発動させます。ヤーナの為に馬が今回は用意されているが、果たしてそれであの煙を食い止める事が出来るのかと兵士達は疑問に思ったのでしょう。


 あの魔の煙を止める事が出来なければ自分達はおろか家族が敵に蹂躙されるでしょう。それならば、迷いなく自分達の命を使ってくれという事でした。




 大予言者ヤーナは決断を迫られます。




「馬に私を乗せて全力で走らせて下さい。私を逃すのです」




 兵士達はヤーナを信じられない目付きで見つめます。




「まさかっ私共を見捨てるのですかっ!? それならば、私共の命をせめて有効活用してっ」




 ヤーナは兵士の口をそっと手袋を嵌めた掌で塞ぎます。




「違います。私が生き延び無ければ、負けです。貴方達を私は決して見捨てはしません。私が信じられませんか?」




 ヤーナは長い事冷たい態度でありましたが決して国民を見捨てる事はありませんでした。国を300年以上守り続けている大予言者の言葉を疑う者は少なくとも此処にはいません。




 皆決意の表情でヤーナを逃すべく協力しました。





 * * * * * * * * * * * * * * * * *





 颯爽と走る馬の首に振り落とされない様にヤーナは必死に捕まります。こんな事ならばもっと運動しておけば良かったとヤーナは後悔してます。戦場から離れた村の近くでヤーナは力尽きて落馬しました。踏まれなかったので命に別状はありませんでしたが、地面に打ち付けたお尻がひりひりします。大予言者の治癒能力のお陰で直ぐに痛みは引きました。必死にしがみ付いた時の腕や手の痛みも直ぐに引きました。




 ヤーナは決死の覚悟で術を練ります。辺りは村が近いとはいえ唯の野原です。贄になる生き物がいません。唯一人を除いて……




「贄は私の永遠の命。対象はストラナー国のモノ全て……糸は私の命と繋がり絶たれた時に術は溶ける……」




 ヤーナは自分の永遠の命を贄にして術を発動させました。ヤーナの場所から凍っていきます。それは村を凍らせ、人を凍らせ、馬を凍らせ、全てのモノを凍らせます。その勢いはストラナー国全土に及びました。




 *********************




 ストラナー国軍とヴラーク国軍が戦う地にもそれはやって来ます。ストラナー国軍の背後から人が地面が凍っていきます。しかし、ヴラーク国の不気味な口と目を覆う黒いマスクを嵌めた軍人は凍りませんでした。マスクの軍人は真っ白に凍ったストラナーの軍人を見て驚きます。




「これはっ大予言者の仕業かっ!?」



 マスクでくぐもった声が辺りに響きます。



「捜せっ! 見つけ次第殺すんだっ!」



 怪しいマスクの軍人達が氷漬けになったストラナー人の横をすり抜けて大予言者を血眼に捜しに行きました。




 * * * * * * * * * * * * * * * * *




 それは弟子のフェドートの元も例外ではありませんでした。村人から雪を溶かしてくれたお礼にと商人の奥様から果物をいただく所でした。奥様が籠に盛った果物ごと凍ったのです。白くドライアイスの如く硬く冷たいです。周りも地面も全てそうなりました。フェドート以外……。


 フェドートが首に下げたペンダントの雪の結晶が砂と化し消えていきます。フェドートはそこから術が自分を守る為に発動した事に気付きました。フェドートは師匠に何かあったんだと心配し、走り出しました。




 * * * * * * * * * * * * * * * * *




 ヤーナは指の付け根の痛みが引いた事に驚きます。手の小指を雪の結晶のペンダントにして弟子を自分の術から守る様にしたのです。小指が無い事を周りに悟られない様に氷を小指の形にして付け根にくっつけて手袋をしてました。手袋を外すと小指が元に戻っていました。


 しかし、彼女には決定的に失ったモノがありました。大予言者特有の絶対的な治癒能力と術です。彼女はストラナー国全土を氷漬けにする代償に外見年齢25歳の唯のひ弱な女性になってしまったのでした。


 彼女はこれから捜しに来るだろうヴラーク国の兵士を警戒して近くの凍った村に身を潜める事にしました。凍った建物の扉を押し開けます。真っ白になった部屋の奥の隅にヤーナはしゃがみ込みました。ヤーナの吐く息が白くなりました。



「気温を調整する術が解けましたか……。敵軍が来る前に凍死するかもしれませんね……。寒さをすっかり忘れてました」



 白金色の睫毛を伏せてヤーナはなるべく体力を温存しようとじっと蹲りました。






 半刻経つと家の外から男の野太い声が響いて来ました。ヤーナは下に向けた顔を上に向けます。十数人はいるだろう足音がヤーナが隠れている建物に近づいて来ます。ヤーナは死を予感しました。



(アナトリー様……助けて下さい……)



 ヤーナはかつての師に助けを求めました。





 * * * * * * * * * * * * * * * * *




 302年前、ヤーナが8歳の頃でした。当時のヤーナは良く笑う何処にでもいる小さな村に住む普通の少女した。しかし、ある日突然、物を凍らせる術が使える様になりました。



 それを知った小さな村の大人達は「次期大予言者様が現れた!」とお祭り騒ぎです。あれよあれよという間にヤーナは王都の大聖堂へ修行しに行く事になりました。



 大聖堂の長椅子に腰掛けるくすんだ白金色の髪に光の無い暗い灰色の瞳の暗い表情をした青年がいました。法衣姿から察するに彼が現大予言者でしょう。ヤーナは日頃親から大予言者は偉い存在だから敬う様に躾けられていたので、緊張しながら挨拶しました。



「はじめっま…してっ! や、ヤーナですっ!」


(か、噛んじゃったっ!)


 あわわと大予言者様に怒られるのではと恐る恐る顔を見ると青年はヤーナを無感情に見つめたかと思うと突然カッと目を見開き驚いてました。



「し、師匠……そうか……そうだったのか……」



 何やら一人納得している大予言者にヤーナは戸惑いました。



(大予言者様って変わり者なのね)



 青年は別人の様に廃人状態から軽快に動き始めます。



「ヤーナだね。僕はアナトリー。よろしくね」



 笑顔でヤーナの手を引くアナトリーにヤーナは頬っぺたを染めました。





 * * * * * * * * * * * * * * * * *





 修行中にアナトリーはヤーナに伝えます。



「大予言者として長い年月を生きていると、何処かで必ず精神に限界が訪れる。それに耐えるには強靭な精神力が必要だ。しかし、鍛えるのは身体よりも難しい。何も考えない事が良かった気がする。もう、僕には遅いけどね」



 ヤーナは師匠が何を言っているか分かりませんでした。首を傾げるヤーナにアナトリーは真剣に話し続けます。



「僕の師匠は氷の様に硬く心を閉ざしていたんだ。けど、僕にはそうなって欲しくないと言っていた。天真爛漫に全力で生を謳歌してくれって……でも、疲れちゃったんだ。心が……痛いんだ。ヤーナ。僕を楽にしてくれないか?」



 ヤーナは何も言えずに黙り込みました。アナトリーはニコッと笑います。



「なーんてねっ。大丈夫っ。さっ修行の続きしよっ!」




 * * * * * * * * * * * * * * * * *




 笑顔で長い年月を生きて蓄積された心の悲鳴を誤魔化していたアナトリーでしたがヤーナが10歳の頃に限界が訪れます。



 アナトリーは発狂しながら大聖堂から外へ走り出します。昼の信者が並ぶ行列を横目にひたすら駆け出します。ヤーナは急いで追いかけます。しかし、身長差がある為、追い付くのに大分時間が掛かりました。焦るヤーナは師匠を死に物狂いで捜し出します。



「アナトリー様っ! 何処ですかっ!?」



 息を切らして、糸の切れた人形の様に木にもたれかかるアナトリーを見つけました。



「アナトリー様っ! ゲホッゲホッ! だっ大丈夫ですかっ!?」



 アナトリーはいつも通りニコッと笑います。ヤーナは「ほっ」と息を吐いて……息を呑みます。




「だめみたい……ヤーナ。頼む殺してくれ……自分で死ぬのが怖いんだ……」




 ヤーナは目を見開き「無理ですっ」と泣き出します。


 大予言者の治癒能力は常人より遥かに高いので、刃物で心臓をひとつきされても死なないのです。死ぬには自分の術か別の大予言者の術でしか死ねません。



 アナトリーは「だよね」と力無く笑い「よいしょっ」と立ち上がります。



「こっちみちゃだめだよ。着替えるからね」



 意味が分からなかったヤーナですが、アナトリーが服を脱ぎ始めたので慌てて背を向けます。



 すると背後からボッと燃える音がします。焦げ臭い匂いが混じる風に灰が一緒に飛んできます。



(へ?)



 背後を振り返ると灰が風と共に飛んでヤーナに優しくぶつかります。土に焦げた痕が残ってます。



「うそ……」



 師匠の姿は何処にも見当たりませんでした。


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