火の遣い手は氷の心を溶かす。
地底で暴れ狂うマグマを膨大な水で閉じ込めた惑星シムリャー。
地軸となる北と南には雪が年中降り積もる。
6つの大陸のひとつに北の寒い場所に接する大陸マチリークがある。
マチリークには5つの国がある。左上にストラナー。右上にヴラーク。左下にスラーヴィ。下中央にネウトラル。右下にダリコー。
ストラナーには大予言者がいる。
大予言者は永遠の命を持つ。身体が成長しきる25歳の頃で成長が止まり衰える事は無い。
火または氷を自在に操れる。政治には口を出さない。彼等は政治に無関心である。大聖堂に暮らし、優雅な生活を送っている。
ストラナーに住む者は皆大予言者を称え恐れている。ストラナーの隣国もまた然り。
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ほぼ年中雪が積もる国ストラナー。
僅かな夏の期間に穀物や野菜を育てて、凍える様に寒い冬に備え無ければならない。
しかし、ストラナーには大予言者がいる。
大予言者は火や氷を変幻自在に操れる。
彼等が雪を溶かしてくれるおかげで、ストラナーは余裕のある暮らしを送れるのである。
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豪華で優美な金縁の白い石造の大聖堂。2つある金の丸い屋根の先は尖っています。ステンドグラスには歴代の大予言者達の姿が描かれてます。
大聖堂の扉には大勢の人々が並んでいます。金髪や白髪、茶髪黒髪など髪色は様々。肌の色は皆白いです。瞳の色は青や緑や灰色、茶色黒と様々。服装は豪奢だったり質素だったり様々。老若男女、身分を問わず、ストラナー人は皆楽しげに並んでいます。
大聖堂の中では外の騒がしさとは違い、静かに皆真剣な表情を浮かべて地面に膝をつき平伏しステンドグラスに祈りを捧げています。
ーーキイィ
扉が軋みながら開く音に祈りを捧げる信者は誰もが目を見開き注目します。
「……いらした」
「今日は……運が良い」
「……美しい」
「大予言者様じゃ」
信者から見て右奥の扉から静々とシスターを背後に侍らせた女性が現れました。雪の様に白い肌。血の様に真っ赤で瑞々しい唇。琥珀の瞳はプラチナブロンドの睫毛に縁取られてます。プラチナブロンドの髪はステンドグラスの光を浴びて淡く光り背中まで真っ直ぐ伸びています。服装は真っ白な足首まで隠れるドレス。豊満でほっそりした体型が服越しでも良く分かります。
彼女はステンドグラスの前で歩みを止めると平伏する信者達を見下ろします。その表情は冷たく、信者を軽蔑する様な目をしています。しかし、信者を一人一人見つめ、一人の青少年で表情を強張らせます。
大予言者の様子に、不審者でもいたのかと信者達は視線の先を見遣ります。しかし、大予言者は直ぐに表情を戻し青少年に呼びかけます。
「そこの者。此方に来なさい」
命令口調なのは彼女がそれだけ偉い立場である事と319年という長い年月を生きているからです。彼女より年長な者など少なくとも生きている人間にはいません。
呼ばれた青少年は「はいっ」と快活に応え大予言者の元に信者を避けながら向います。頬は僅かに赤みを増し目は瞳孔を開き大予言者を見つめています。
大予言者はストラナーの男性の平均身長ぐらいの背の高さの為、男性の平均身長の青少年と視線が真っ直ぐぶつかります。純粋で好意を隠しもしない視線に「ぐっ」と一瞬呻きますが直ぐに冷たい目で青少年を見つめます。
青少年の服装は所々ほつれており、貧しい事が分かります。髪は手入れが行き届いていないのかくすんだ白金色。瞳は灰色。わくわくと背伸びしたり身体が僅かに揺れているのは教養が足りてない証拠です。大予言者に対して国王でも無い限り平伏すのが常識です。信者達はそれを「罰当たりな」と顔を歪め睨みます。
しかし、大予言者の放った言葉で信者達は青少年に対する表情を変えます。
「我が弟子よ。良く来ました。皆覚えておくが良い。この者が私の後継者です」
ざわざわ
信者達はどよめきます。大予言者の後継者は大予言者に違いありません。即ち、彼は自分達よりもずっと上の立場で、彼女に並び立つ存在だという事です。
大予言者は片手を差し出します。
「我が名はヤーナ」
大予言者ヤーナの言葉に青少年は嬉しそうに応えます。
「はいっ。僕の名前はフェドートです。よろしくお願いします」
ヤーナの手を両手でそっと握ります。
大予言者が二人もいる良き報せに信者達は拍手を贈りました。
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あれから一年が経ちました。
ヤーナの弟子フェドートは火の遣い手でした。ヤーナは氷の遣い手です。
フェドートはヤーナの修行を経て、火を自在に操れる様になりました。次にヤーナから命じられた事はストラナー国を見て回る事でした。国民に次期大予言者の顔を知ってもらい、修行の成果を国民に見せる事が目的です。
今日はフェドートの旅立ちの日です。明るく朗らかなフェドートはヤーナの冷たい表情を僅かに溶かしました。ヤーナは今では感情表現が不器用な可愛らしい女性にしか見えません。
フェドートは周りにも屈託なく接す為に慕う者が多いです。見送りにシスターや信者達、何と壮年のストラナー国王まで来てます。次期大予言者なので当然と言えば当然の状況ですが、皆表情が別れを惜しんでいるのか悲しそうです。
ヤーナは手袋を嵌めた手で氷の結晶を模したペンダントをフェドートに渡します。
「旅の安全を願ってます」
どうやら、御守りとしてペンダントをフェドートに贈るそうです。尊敬してやまない師からの心遣いこもる贈り物にフェドートは満面の笑顔を浮かべます。
「ありがとうございます! どうか師匠もお身体気をつけて下さい!」
この時のフェドートは嬉しさのあまりヤーナの贈り物の意図には気付けませんでした。手袋の小指はずっと真っ直ぐなままだとも気付けませんでした。
意気揚々と旅立つフェドートの姿にヤーナは僅かに安心し、息を吐きます。小指の付け根の痛みに知らないフリをして大聖堂へと戻りました。
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それから数ヶ月が経ちました。
ヤーナはいつもの国民の暮らしの手助けをした後、シスターから手紙を渡されました。
[親愛なる師 ヤーナ様へ
お元気ですか? 僕は相変わらず身に余る程、元気です! 師匠にこの元気を分けてあげたいです!
村をいくつか周りました。師匠が暮らす土地は本来なら雪が年中積もる場所何だと改めて実感しました。だって、大聖堂のある王都に暮らしていた時に積もってた事あまり無いですからね。
今いる場所は南の方で、比較的暖かい筈何ですが、そっちの方が暖かった気がします! 今冬ですから雪積もってます! 睫毛が凍るんですよっ!? そっちでは考えられません!
村人に雪溶かしますよっ!? って本音では自分の為に気温を暖かくしようと思ったんですよ! そしたら何て返って来たと思います?
王都からの観光客が雪を楽しみに来ているから止めろって睨んで来たんですよっ!? えっ僕って次期大予言者なんですけどっ!? ってなりました! 酷くないですかっ!?
師匠を見習って僕も頭の良い感じに振る舞おうかなと思います! ……思います!
至らぬ弟子のフェドートより]
手紙を読んでいたヤーナは弟子の元気の良い手紙に目を細めます。手紙を後ろからそろーと盗み見たシスター二人は
「フェドート様がヤーナ様の真似は無理無理っぷっ」
「フェドート様らしいですねー」
と笑っています。フェドートと出会う前のヤーナの手紙を盗み見る事など恐れ多くて出来なかった二人のシスターだが、今のヤーナには大丈夫だと安心しています。その証拠にヤーナは「確かに」と僅かに頷いてます。
ヤーナはまだ手袋のままでした。