3:モンスターが あらわれた!
「もう着替え終わりましたか?」
ドアの向こうから、女性の声がする。
「ああ、大丈夫だ。」
白いズボンに、黒いコート。俺は、ラースレイ自警団の制服へと着替えていた。
「じゃあ、入りますよー……おお!いい感じですね!」
「そうかな?」
さかのぼること数時間前。
「君の処遇が決まったよ。」
細かい事情聴取やスキルについての説明を終えた後、町長は俺にそう言った。
どうやら、俺にかかった嫌疑は完全に晴れた訳ではないらしい。証拠が揃いきらなかったからだ。
だがしかし、怪盗による被害を減らすには俺のスキルが役に立つ、と判断したようで、
「君には、この自警団に入ってもらう。君の監視を続けるためだ。勿論、他の団員と同じように寮や食事、給料は出そう。君にとって悪くはない条件だが……どうかね?」
逆らえばどうなるかわからないし、当面の間食いつなぐには丁度いいので、勿論俺はその話を受けた。
「それとあと……監視役として、当分の間こいつと組んでもらうことにする。」
「え、エル・パールです!よろしくお願いします!」
「こいつはまだ経験が浅いが……他の連中は既に任務で出払っている。くれぐれも変な真似は起こすなよ、そうでもすればこいつに渡した麻酔銃が火を噴く。」
そうして組むことになったのがこの女、エルだ。
俺より年はいくつか下だろうか。肩まで伸ばした真っ黒な髪と、キッチリと着た制服から、俺は真面目な印象を受けた。
「じゃあさっそく、任務を果たしに行きましょうか!」
「ああ、そうだな」
そうして俺たちは自警団本部を後にした。
「おっと、あいつか……?」
「そうですね……」
ラースレイ周辺。草原の中で、俺たちは茂みに隠れてあるモンスターの様子を窺っていた。翼を生やし、茶色い肌を持つ、大型犬くらいのトカゲのようなそのモンスターは、吞気に歩いている。
今回、俺たちに課された任務は、「ラースレイ周辺に生息するダークリザードを20匹倒す」というものだった。なんでも、治安の悪化により最近冒険者がほとんど来なくなったせいで、数が増えているからだそうだ。
ゲームをプレイしていた時はここまで注意深く観察していたことはなく、見たことのないモンスターがいれば正面から突撃していたが……こうなっては、訳が違う。
「そういえば、エルってどんなスキルを使えるんだ?」
「あっ、言ってませんでしたね!」
まだ彼女のスキルについて聞いていなかったので、聞いておく。
「私が使えるのは、[マルチ・アップ]って言います。自分と周りの味方の力を上げつつ、傷も一緒にいやせます!」
どっちも中途半端ですけど、と彼女は苦笑交じりに付け加えた。
しかしなるほど、そんな効果なら……
「分かった。近づいて奴に気づかれたら、すぐに使ってくれないか?」
「元からそのつもりですけど……何か考えがあるんですか?」
「ああ。俺のスキルはな……」
そう言って、俺の考えを伝える。
「そんなことできるんですか!?」
「ああ。多分な。」
モンスターは偶然にもこちらに近づいてきている。ここにいても何も始まらない。
「よし、行くぞ!」
俺は団から支給された鋼の片手剣に手を掛ける。ゲームにおいてメインで使っていた武器ではないし、そもそも実際に使うなんてできるか分からないが、弱気にもなっていられない。
「は、はい!」
そうして俺達は、茂みを飛び出し、ダークリザードの方に向かって行った。
相手は目の前から急に現れた俺達に不意をつかれ、固まっている。その隙に、
「マルチ・アップ!」
エルがそう叫ぶと、赤いオーラと緑色のオーラが現れ、俺たちを包み込む。それと同時に、身体が軽くなったような感覚が訪れた。
「おおっ!すげえ!」
俺の操作していたキャラクターも同じような感覚だったのかな、と少し思いながら、俺もスキルを使う。
「リバース・ハンド!」
黒いもやが両手から放たれたかと思うと、それらは赤と緑色に変わり、俺たちをまた包んだ。
そう、[マルチ・アップ]を[リバース・ハンド]でもう一度使うことで、その効果を引き上げたのだ。
メダリオンマスター・オンラインでは、同じスキルでは強化や弱体化を重ね掛けできなかったので、リバース・ハンドがどういう扱いになるかで成功するかどうかが変わってくるが……成功して良かった。
「すごい!いつもよりも効いてます!」
「よし、このままいくぞ!」
「ギャオオ!」
ダークリザードはすでに立ち直り、こちらに攻撃しようと走り寄っている。そこに俺はすかさず、
「させるか!」
と、前足めがけて切り払った。
ギャッ、と鳴いて敵はその足を止める。ゲームでよく使ったテクニックだ。久しぶりのことだし、そもそも実際に行うなんてことは無かったが、意外にも上手く決まってくれた。
ここで生まれた隙をついて、
「たあっ!」
と、エルが横から回り込んで一撃を加える。
「ギャアッ!?」
予想外の方向からの一撃をモロに受けた敵に
「トドメだっ!」
と、剣を大きく振りかぶって仕留める。
……はずだった。
やはり剣を振ることなんて経験が無かったからだろう。剣が当たった感触は無く……
「うわあっ!?」
と、剣の重さに引っ張られ、俺は勢い良くコケてしまった。
「いっ……てて……」
「大丈夫です……っ、危ない、避けて!」
「えっ?」
エルの焦りように、俺は勢い良く顔を上げる。目の前ではダークリザードが口を大きく開けており……
真っ黒な息を吐いた。
「うわっ!?」
避ける間もなく、俺はその息を至近距離で浴びてしまう。獣の臭いと腐った臭いが混じり鼻を突き、目の前が真っ暗になり、身体を不快感が包む。
俺はとっさに手で払った。幾分か視界が開けるが、まだ身体は重いまま。しかしそれでも、頑張って立ち上がろうとする。
「シンジさん!」
エルが駆け寄って来て、俺を支える。
「待ってください、すぐに回復しますから!マルチ……」
「いや、少し待ってくれないか?」
そう言って、俺はエルを手で制す。
「どうして……」
「回復するにも、奴が動きっぱなしでは埒が明かない。」
息を吐き終わった敵は、身体の動きにくい俺に更に攻撃を加えようと近寄っている。
「それよりかは……」
俺は敵の方に向き直り、右手を構える。
スキルというものは、何も人間だけが使うものじゃない。モンスターだってスキルは使う。ゲームの中でモンスターがスキルメダルを落としていたことこそが何よりの証拠だ。つまり……
「リバース・ハンド!」
黒い気体が、俺の手から放たれる。それは敵を包み込んで
「ウゥゥ……」
混乱させることに成功した。効果が半分になっている以上、多少は動けているが、
「今だ!」
「マルチ・アップ!」
身体に活力がみなぎる。
「今度こそっ……!」
もう一度俺は剣を振りかぶり、そして当てた。
「ゥゥ……」
とダークリザードは小さく鳴き、青紫色のもやとなって消えていった。
「……よしっ!」
「やりましたね!」
俺は小さくガッツポーズをするのだった。
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