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サキ短編集「レジナルド」

レジナルド流、聖歌隊の楽しみ方

作者: サキ(原著) 着地した鶏(翻訳)

「絶対に」と、レジナルドは親友に向けて手紙をつづった。

「先駆者になんてなるものじゃない。はじめの頃のキリスト教徒も先駆者だったが、皆、肥えた獅子ライオンの腹の中だ。」


 本人が言うには、レジナルドは先駆者であるらしかった。


 家族の誰ひとりとして、レジナルドと同じような恰好の良い赤褐色ティツィアンの髪の者はいなかったし、皆ユーモアのセンスもなかった。そして、食卓には桜草プリムローズを飾るような平々凡々たる人達だった。


 いつもレジナルドは朝食に遅れてやってきて、トーストを少しずつかじりながら、世の万物について不躾ぶしつけな言葉を言い放つ。家族みんなが、そんなレジナルドに理解がないのもいたかたないことだった。一方、家族は朝食に燕麦粥ポリッジを食べ、天気予報も含めて全てのことを信じているような人達だった。


 だからこそ、教区の牧師の娘がレジナルドの更生を引き受けてくれたときなどは、家族一同みな胸を撫で下ろしたものだった。その娘の名前はアマベルと言い、牧師にとってはたった一つの贅沢品であった。

 アマベルは器量が良くて、天性の知性を持っていた。庭球テニスなどせず、もっぱらメーテルリンクの「蜜蜂の生活」を読んでいると評判になったほどだ。もちろん、普通の人が庭球テニスをやめて、田舎の小さな村でメーテルリンクを読むとしても、それには知性が必要にある。それに、アマベルは二度も仏国フランスのフェカンを訪れ、そこに住む米国アメリカ人からフランス語の正しいアクセントを学ぼうとしたほどであった。結果として、俗物を手玉に取るに重宝すると思われる分野についての知識を持つに至ったのだ。


 こういった理由もあって、アマベルが偏屈者の更生を引き受けてくれたときなどは、家族一同みな、お祝い気分にならずにはいられなかったのだった。


 アマベルの指導は、疑うことを知らぬ生徒に牧師館の庭でお茶をしませんかと尋ねることから始まった。アマベルは自然の環境が精神衛生に影響を与えるものと信じていた。シチリア島に行ったことはないけれども、普段とは異なる自然がそこにはあると思っていたのだ。


 そして、罪深い若者に懺悔ざんげをするように諭す、よくいる女と同じように、アマベルもまた空虚に生きることの罪深さについて、くどくどと話すのであった。なるほど、村人たちが早起きして、夜中のうちに身をつけた苺を確かめるような田舎の村では、空虚に生きるというのはさぞかしむべきことに違いない。


 レジナルドは野に咲く百合の花を思い起こした。

「百合というのはただそこにいるだけで美しく、なのに競って争うことはしません。」


「ですが、そんなものは、私たちが見習うべきものではありませんわ。」

 息を飲みながら、アナベルは答えた。


「悲しいことに、我々には花を見習う余裕もない、ということですか。ご存知ないかもしれませんが、百合のあのシンプルな美しさに並び立つため、僕も随分と苦労しているのですよ。」


「あなたって人は、本当に下品で自惚うぬぼれの強い人ですね。良い人生というのは、美しい見た目よりも、ずっと素晴らしいものなんですよ。」


「良い人生と美しさは互いに相反する、その点で僕と君は同意見ですね。僕が常日頃から言っているように、美しさは罪深いだけです。」


 強い信念を持つ者がいつも勝つわけではないと、アマベルも気づき始めた。太古の昔から受け継がれてきたオンナの勘というものに従って、アマベルはついに真正面からレジナルドに挑むのはめにした。教区牧師の娘の勤めとして、骨の折れる仕事を一人で何とかしていることや、日頃感じる孤独さ、落胆ぶりについて語気を強めて語ってみた。……そして、頃合いを見て、苺の生クリーム添えを作ってみると、レジナルドの興味はアマベルの話ではなく、どう見てもその甘味の方にと向かっていた。


「地域の聖歌隊にいる、のんびりとした田舎の子供たちを引き連れて、私が毎年やっているように、遠足の引率をしてくれれば助かるし、あなたも苦労を惜しまぬ熱心な生活を始められるでしょうね」とアマベルが教え諭して薦める頃には、レジナルドは心変わりしたかのように、あやうげな熱意をその瞳にともしていた。


 レジナルドがとうとう熱心な生活に向けて一人で一歩踏み出した、とアマベルは思っていた。しかし、誰よりも高潔な女性とはいえ湿った庭草には弱いようで、アマベルは風邪を引いて寝込んでしまった。レジナルドの方は、聖歌隊の遠足を指揮するのがかねてから夢だったので「これぞ天からの思し召し」などと言っていた。


 恥ずかしがり屋で、たまのように頭の丸い子供たちを預かることになり、何やら策を講じたレジナルドは、近所の森にある小川に子供たちを連れて行き水浴びをさせた。それから、脱ぎ捨てられた子供服の上に腰をえて、これからのことを皆に言って聞かせるのだった。

レジナルドが命じたのは、子供たちに酒の神(バッカス)まつらせて、どんちゃん騒ぎをしながら村中を練り歩くことだった。前もって準備していたブリキの呼笛ホイッスルを子供たちに配り、とっさの思い付きではあるものの、牡山羊を近くの果樹園から連れてきたのは実に名案だった。

そして、本当なら豹の毛皮の一揃ひとそろいでもあってしかるべきだった、と慇懃いんぎんな断りを入れながらも、代わりにシミのついたのハンカチを持っている子供には、それを身に付けることを許可した。すると子供たちは、感謝しながら汚れたハンカチを身にまとい始めるのだった。


 しかしながら、身を震わせている聖歌隊の卵たちに、「酒の神(バッカス)を讃える歌」を教え込むほど自由に使える時間は無かった。そんなことは不可能だと悟ったレジナルドは、酒の神(バッカス)には相応しくないのは承知の上で、もっと馴染みのある「禁酒を讃える歌」に取って変えることにした。レジナルド曰く、結局、大事なのは心なのである。


 子供たちは、すこぶる気の進まない様子で山羊を引き連れながら、悲しく哀れな風体のまま村に向かってふらふらと行進を始めた。レジナルドはというと、公演の初夜を迎える劇作家の作法を見習って、ひっそりと舞台裏にとどまっていた。大通りはまだ先だというのに、歌声はもう消えてしまいそうだった。その上、悲壮感に満ちた笛の叫びを耳にするなり、村人たちは家の扉を閉めるのだった。


 レジナルド曰く、「こんな情景が描かれた絵を見たことがありますよ」と。

だが、村人たちからすれば、こんな情景はこれまでの人生で見たことがなく、みな口々に言いたいことを言っていた。


 レジナルドの家族は、この男を決して許さなかった。それも仕方のないことだ。なにしろ、ユーモアのセンスがないのだから。

原著:「Reginald」(1904, Methuen & Co.) 所収「Reginald’s Choir Treat」

原著者:Saki (Hector Hugh Munro, 1870-1916)

(Sakiの著作権保護期間が満了していることをここに書き添えておきます。)

翻訳者:着地した鶏

底本:「Reginald」(Project Gutenberg) 所収「Reginald’s Choir Treat」

初訳公開:2019年11月9日



【翻訳者のあとがき】

 時代背景や固有名詞について説明があった方が親切かなと思う点に関しては、訳者の分かる範囲で以下に註釈を記載しておきます。

(注意:読みやすさのため、本文中には註釈の番号は記載しておりませんので悪しからず)


1. 『はじめの頃のキリスト教徒』(the Early Christian)

 1世紀頃、回心者パウロの伝道によってローマ帝国内にキリスト教が広まったものの、皇帝を神格化していた帝政ローマと一神教のキリスト教は折り合いが悪く、初期キリスト教徒の歴史は4世紀に至るまで迫害と受容が繰り返された。伝承であるため定かではないが、ローマのコロッセオでは多くのキリスト教徒たちが獅子の餌食にされ殉教したと伝えられる。


2. 『赤褐色ティツィアンの髪』(Titian hair)

 「Titian hair」とは輝きのある赤褐色の髪を指し、その由来は、優れた色彩感覚の絵画や肖像画で知られる、ルネッサンス期のイタリア人画家ティツィアーノ・ヴェッセリオ(Tiziano Vecellio, 1488/1490-1576)である。ティツィアーノの描く女性は艶やかな赤い髪を湛えていため、美しい赤髪は彼の名を冠してこう呼ばれる。


4. 『メーテルリンクの「蜜蜂の生活」』(Maeterlinck’s the Life of Bee)

 モーリス・メーテルリンク(Maurice Maeterlinck, 1862-1949) はベルギー出身の象徴派の詩人であり劇作家。チルチルとミチルの戯曲「青い鳥(The Blue Bird、原題:L'Oiseau bleu)」で有名。「蜜蜂の生活(The Life of Bee、原題:La Vie des abeilles)」は、神秘主義的かつ博物学的視点で昆虫の世界を描いた随筆。メーテルリンクの昆虫三部作として、他にも「白蟻の生活(The Life of Termites、原題:La Vie des termites)」と「蟻の生活(The Life of the Ant、原題:La Vie des fourmis)」が知られる。


5. 『フェカン』(Fécamp)

 フランス北部のノルマンディー地方にある、歴史ある修道院と漁業で知られる街。


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