三将軍、ナターシア・サンズ
今日は珍しくナターシアが登城しているときいてメリッサはさっそく接触を図りに行く。
ナターシア・サンズ。
リサリア王国三将軍の一人にして名門貴族サンズ家の当主だ。
ラングたちが『ばあさん』と言っているように(本人の前では口が裂けても言えないが)すでに孫たちが立派な騎士として働いている年齢だが、今だに現役で戦場を駆け回っている女傑だ。
背は低く、ずんぐりした体形からは想像できないが、片手で真っ赤なハルバードを軽々と振り回し、敵兵の首を斬り飛ばすその姿から『紅の戦鬼』と呼ばれ近隣の国々から恐れられている。
また、サンズ家には代々『王の勅命以外は構いなし』という特権(つまり他の貴族からの命令を守る義務はない)をがあるほどリサリア王国の中でも特別の地位をもっている。
そんなサンズ家の当主であるナターシアに対しては現王ルーデルの妹であるメリッサでさえ遠慮があるため言葉を選びながら話しかけていく。
「・・・ですから、ナターシア。シャルル殿下の方があきらかに優れていると思いませんか?そうなるとどうすればいいかはわかりますね?もちろん、これは命令ではありませんがこの国未来を考えて正しい選択をしてくれませんか?」
長々とレスタークスとシャルルの能力の差、リサリア王国の現状で次期王にふさわしいのは誰なのか(あくまでメリッサの主観だが)を力説したのだが・・・。
「あいにくだけどあたしは兄弟喧嘩にはきょうみはないね」
言い募るメリッサをバカにしたように一瞥するとナターシアは去っていこうとする。
「お待ちなさい!あなたもリサリア王国の将軍ならばこの国の将来を考えるべきなのではないですか!」
まるで自分の存在を無視するかのようなナターシアの態度にメリッサは血相を変えるが、
「・・・サンズ家は王直属なんだよ。わかるかい?王直属。それ以外は王家の者だろうが、なんだろうが指図を受けるいわれはないんだよ。だ・か・ら、ひよこどものままごとににつきあってやる義理はないんだよ!」
「ひよこの、ままごとですって!いくらなんでもそんな・・・」
まだなにやら喚いているメリッサを置いてナターシアはもうこれ以上話すことはないとばかりに今度こそ去っていく。
鮮やかな赤毛をなびかせて悠然と去っていくその姿はまさに『紅の戦鬼』の名にふさわしいものだ。
そしてその足でナターシアはレスタークスの元を訪ねていく。
「坊、ちょっといいかい?」
「ナターシア、王宮にきていたのか!」
突然のナターシアの訪問にレスタークスは喜色満面になる。
ナターシアは数少ないレスタークスの理解者の一人だ。
いや、親しみを込めて『坊』と呼んでいることからもわかるようにただ能力を認めているだけでなく レスタークスの人柄を愛してかわいがっているし、レスタークスも幼いころから何かと声をかけてくれたこの女傑が大好きだった。
そんなナターシアだが、リサリア三将軍の一人でありながら最近はあまり王宮に来る事がなく、レスタークスは寂しく思っていたのだ。
ナターシア本人はあまり王宮に来ない理由を領国経営が忙しいと言っているが実際は違う理由がある。
「坊に会うのはいいんだがね、最近はここに来るとわけのわからないのも寄ってくるから困ってるのさ」
『わけのわからないの』とはおそらくメリッサたちのことだろう。
「おばさまの事か」
「そう、あの妖怪婆さ」
ナターシアは自分よりも若いメリッサの事を『妖怪婆』と呼んでいるほど嫌っている。
「あの妖怪婆はこともあろうにこのあたしに、妖怪婆がお守りしてる子供の面倒をみてくれってさ。まったく冗談じゃないよ」
「もうそんなにはっきりと動いているのだな」
レスタークスは顔を曇らせる。
「坊もそろそろはっきりするんだね」
どこか他人事のようなレスタークスにナターシアは少しあきれているが、その言葉にレスタークスは苦笑する。
「ラングとジュリアスにも同じことを言われたよ」
「今のところ坊の味方はあの小僧どもだけなんだろう?大事にしなきゃダメだよ」
「それはわかってる。あの二人がいなかったら俺はどうにもならないだろう」
レスタークスの素直な返事だが、ナターシアはちょっと面白くないといった顔をしている。レスタークスが頼るべき相手は他にもいると言いたいのだ。
今日はそのために来たくもない王宮に来たのだから。
「ルーデル陛下からはもし坊が望むなら坊についてやれって言われてるんだがね」
暗に自分もレスタークスの味方である事を伝えるが、
「大丈夫だ。シャルルとは自分で決着をつけるよ」
はっきりというレスタークスの姿に(まだまだ子供だとおもっていたけどいっちょまえになっちっまったねえ)とナターシアはうれしく思いながらも少しさびしく感じてしまう。
「じゃあせめて、うちのバカ孫どもをつけてやるよ。あれで何かの役には立つだろ」
「アレスたちを?」
「なに、うちとしても勝つ方に助力しといたほうが都合がいいのさ」
ナターシアはレスタークスの肩を抱いて豪快に笑い飛ばしながら、
(あの小僧どもについても妙なうわさがないわけじゃない。まあ、シャルルの間者なんてのはガセネタだろうが万が一の時はあたしがどうにかしてやんないとね)
笑顔の奥では冷たい判断をしていたのだった。