二人の親友
(しかし今日は厄日だな。クロエといい、シーファといい、どうして女はこんなに怖いのだ。女は苦手だ。いや、好きは好きなのだがもてなさすぎて接し方がよくわからなくなってしまった)
(その点男はわかりやすくていい)
レスタークスがそう結論付けたところに一人の少年がにやにやしながら入ってくる。
「レックス、聞いたよ。おもしろい事になってるみたいだね」
(前言撤回。わかりやすすぎるのも問題だな)
銀髪の長髪でちょっと軽い感じのする美形の少年はあきらかにレスタークスをからかいに来たのがわかる。
王子であるレスタークスを露骨にからかったり、愛称のレックスと呼べるのはこの少年の身分がそれにふさわしいものだからだ。
彼は隣国ザガンの第4王子で留学生としてリサリアにきているジュリアスだ。
「おもしろい事とはどういう意味だ」
「それはもちろん・・・」
ジュリアスが続きを言いかけたとき、
「殿下!失礼いたします!そして、おめでとうございます!ようやく決心されたようですな!」
激流のように一方的にしゃべる大男が入ってくる。
ジュリアスとは対照的に短い金髪で精悍な顔をしている。
年はレスタークスより3つ上の二十一歳だが、その若さでリサリア王国最強の騎士の名を欲しいままにしている戦闘の天才で、誰よりもレスタークスに忠誠を誓っていると言われる近衛騎士団の団長ラングだ。
「ラング、僕の方が先に知ったんだよ。近衛騎士団長ともあろう者がちょっと情報が遅いんじゃないの」
「む、ジュリアス、来ていたのか。小さくて気づかなかったぞ」
「うるさい!今は背が低いのは関係ないだろ!」
ジュリアスは本人が唯一の弱点だと思っている背の低さを言われてムキになる。
「君たちもクロエの事で来たのか?」
(どうやらこの二人もシーファ同様に誤解しているらしい)
レスタークスはため息をつく。
「ええ。まさかあのクロエを落とすとは、さすがはレックスだね!彼女はなかなか難しいよ~。僕もアプローチをしましたが、危うく斬りつけられるところだったから」
ジュリアスはわざとらしく剣をよけるしぐさをする。
ラングはそんなジュリアスをあきれた目で一瞥すると、真剣な顔でレスタークスに向き直り、
「ジュリアスは相変わらずだな。しかし、殿下はなかなか女性に縁がなかったので心配していましたが安心しました。クロエは真面目でよい騎士です。彼女ならよい世継ぎも生まれるでしょう」
ラングは婚約どころかいろいろすっ飛ばしてその後の子供の話までしている。
そんな二人を見比べながらレスタークスは大げさにため息をつく。
「なにか誤解しているようだが、クロエは俺の近衛騎士に任命されに来ただけだよ」
レスタークスがクロエが縁談を避けるために近衛騎士に任命しろと脅迫してきた事を説明すると、
「なるほど。早合点でしたか。しかし、クロエはよい騎士です。近衛騎士団として歓迎いたします」
ラングは簡単に考えているがジュリアスは顔を曇らせる。
「いや、これはそんなに単純な話じゃないよ。クロエの父上は中立派の貴族の中でも一定の勢力があるからレックスの口ぞえでクロエが近衛騎士団に入ることになる事が知られたらちょっともめそうだな」
「まさか。考えすぎだ」
ジュリアスの言葉をレスタークスは否定するが、本心から「考えすぎだ」とおもっているわけではなく、その言葉を否定したいというレスタークスの望みからきている。
「シャルル王子が変なかんぐりをするってことか」
ラングはレスタークスが否定したい事をズバッという。
レスタークスの一つ下の弟であるシャルルは幼い頃からレスタークスに対して事あるごとに張り合っていたが、最近では「自分のほうが兄よりも次期王に相応しい」と心許せる者には話すほどレスタークスへの敵対心をあらわにしている。
すでに露骨に派閥づくりをしているシャルル派からしたらクロエの近衛騎士団入りは見過ごせない事だろう。
「レックス。そろそろこっちも本気で動いたほうがいいよ。すでにシャルル派に抱きこまれた貴族も少なくないんだから」
「確かに後手に回るのはおもしろくないな。殿下、こちらも味方を増やすべきです」
ジュリアスたちの言葉にレスタークスはおもしろくなさそうにそっぽを向いている。
「・・・そんな事をしたらシャルルと本気で争う事になるではないか」
レスタークスは煮え切らないが、ラングもジュリアスももうすでにそんな段階ではないと思っている。もはや相手側は味方になる貴族を集めているのだ。手をこまねいていてはその差は開くばかりだ。
「本気もなにも・・・」
「とにかくこの話は終わりだ。他に用がないならしばらく一人にしてくれないか」
ジュリアスの言葉をさえぎってレスタークスは二人に部屋から出て行くように促す。あまり顔には出ていないが、かなり機嫌が悪くなっている。
「わかりましたよ。でも、僕はレックスの味方ですよ」
「私の剣は殿下に捧げています。それはお忘れなく」
こうなるとラング達も逆らわない。レスタークスを気遣う言葉だけ残して大人しく出て行く。
「・・・わかってるんだよ。シャルルと決着をつけなくちゃいけない事ぐらい。俺にだってわかってるんだ」
二人が出て行くのを見届けたレスタークスは自分に言い聞かせるようにつぶやいたのだった。